地図会社が「編集力」をつける時代。未来の地図の形とは?【後編】

  • 上場企業の社長に聞く! 夢とお金の本質・ゼンリン 髙山善司社長 / 髙山 善司

友人と食事する店を、地図のURLを送って知らせる。そのURLを開き、スマホを片手に店に向かう――。デジタル地図はいまや、私たちの生活に欠かせない。その地図データを作っているのが、日本最大の地図制作会社・ゼンリンだ。知られざる「地図ビジネス」の世界を、髙山善司社長が語ってくれた。
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情報の「量」で勝てる時代は、終わった

当社が「住宅地図」を出版してから、65年以上。創業者が各地を調査し、詳細な住宅地図を作って会社を大きくしたのは、前回お話した通りです。

1軒1軒の居住者名まで調べ上げた地図は、他にない。住宅地図は、1日あたり約1000人の調査員が歩き回って表札やビル名・テナント名を確認しています。そういう努力を自前で続け、圧倒的な情報の「量」で地図制作のトップを走ってきました。

いまや「住宅地図=ゼンリン」と呼ばれるほどブランドが浸透し、住宅地図はさまざまな会社で、配達や営業、調査などに使われています。

しかし、そこまで努力しても足りない時代がやってきました。背景にあるのは、アナログからデジタルに時代が移り、地図の「使い方」が変わったことです。

当社のインターネットへの対応は、早い方でした。1980年代には地図情報をデジタル化し、1990年代にそのデータをカーナビに売り始めました。さらに、データの販売先をGoogleやYahoo!といった大手ポータルサイトにも広げ、新たな収益源としてきました。電子データの売上が紙の住宅地図の売上を上回ったのは、2000年代半ばのことです。

こうした変化の中で痛感しているのが、お客さまのニーズが情報の「量」から「質」に移っていること。当社が地図の圧倒的な情報量を持っていることは、これまでと変わりません。しかしいまは、大量の情報をそのまま「どうぞ、お使いください」とお渡ししても、ビジネスになりません。

例えば、当社が地図データを提供している「Googleマップ」では、居住者名は不要で建物名だけのデータがほしいといわれます。デジタル時代には、用途に合わせて必要な情報を切り出し、組み合わせて提供する「編集力」が求められるのです。

こうした動きに対応するには、詳細な地図を作るだけでなく、さらに踏み込んで「どんなデータベースを持つか」といったことも、考えなくてはいけません。どんなニーズにも応えられる、自由自在な地図データとは何か――。その最適解を追求した結果、地図データベースの整備システムを更新し、「時空間情報システム」を構築しています。

システムの核になるのは、「地物(ちぶつ)データベース」。地上にある建築物や道路、標識といった目に見えるものから、地名や電話番号のような目に見えない情報まで、さまざまな情報を整理し、IDを振った当社独自のデータベースです。もうすぐ完成する予定で、これがあれば「駐車場だけの地図がほしい」「5階建て以上の建物だけを知りたい」など、千差万別のニーズに応えられるようになります。

ネット時代のビジネスは、大変です。従来の努力に加えて、さらに何倍もの努力が必要ですから。しかも努力の向かう先が、ひとつではありません。当社でいえば、「詳細な正しい地図作り」から、「データの作り方、編集」までカバーするのですから、並大抵のことではありません。

「地図文房具」ヒットの裏側

ビジネスのあり方が変わったのですから、社員も、仕事の仕方を変えなくてはいけません。

地図の「売り方」ひとつとっても、そうです。これまではお客さまのバリューチェーンの中で、「地図が必要なところ」だけを見て売っていました。住宅地図を使いそうな営業部門に売る、という風に。しかし、地図の使い道が広がっているのですから、売り先だって多様になるはずです。地図情報に地価や統計データ等を関連付けることで、例えば、富裕層をターゲットとしたマーケティングに使っていただくとか、新たな用途に目をこらすべきです。

調査員の仕事も同じです。かつては出版時期に合わせて情報を更新していましたが、いまはいつでもデータを更新できる時代。そうなると、隅から順に調べていくのではなく、ニーズが高いところを優先しなくてはいけません。新しくオープンした銀座シックスと、地方のマンションと、どちらのニーズが高いか。そういうことを考える必要があります。

どの部門も、地図作りから一歩進んで、”マーケットイン”の発想を持ってほしい。「地図がどう使われるのか」を起点に考え、先回りして提案するくらいの努力をしてほしい。現場には、繰り返しそう伝えています。

そんな中、新しい発想をする社員が出てきました。そのひとつが、女性チームが企画した、「mati mati(マチマチ)」プロジェクトです。これは、街の地図をデザインとしてあしらった「地図文房具」を作って売るというもの。地図を「柄」として楽しむというアイデアです。表参道ならファッション、神戸ならパン屋さんという風に、街ごとの特徴をアイコンで表現しています。

マチマチプロジェクトの地図文房具

これが大変好評で、地元の方だけでなく、旅をした思い出、贈り物などによく購入いただいています。私たちの世代では、とてもこういう発想は浮かびません。正直、なぜこんなにヒットしたのかと驚いているくらいです(笑)。こうした事例を通して、改めて、若い人にチャレンジしてもらうのが大切だと感じています。

地図に人間の「感情」が載る?!

ネット時代になって、地図の可能性は大きく広がりました。他業界とも親和性が高く、いろんなところからオファーがあり、うれしい限りです。

例えば、自動運転。完全な無人運転はまだ先のことですが、自動ブレーキなど一部はすでに実現しています。そのプロセスで当社は、「高精度地図」を提供し、発展に貢献しています。この地図には、信号の位置やカーブの角度など、自動運転に必要な情報が盛り込まれています。

これから自動運転がどこまで発展するかは、センサー類やAIの高度化など、さまざまな技術進化を待たねばなりません。しかしその前に、当社は基盤技術で協力し、「いつか実現する未来」への準備を進めています。

ドローンの実証実験でも、メーカー各社とご一緒させていただいています。これもいつ事業化されるかは、わかりません。ただ、2015年4月に起きた「首相官邸へのドローン落下事件」で規制が強化されたとき、当社の役割がはっきりしました。

どの範囲で、どの高さまでなら飛ばしていいか。飛行可能な区域を、地図を使って「見える化」するニーズが発生したのです。ドローンの事業化に向けて、さらに規制や免許制度が整えられていく中で、当社の地図の重要性も増していくでしょう。

こういう新しい動きに対して、われわれは常にアンテナを張っていなくてはいけません。地図情報、位置情報、属性情報を組み合わせて、どう編集するか。いうなれば、これまでは八百屋で料理の材料となる野菜を売っていたようなものです。いまはレストランを構え、材料をそろえてレシピを書き、どんな料理を提供するかまで、考えなくてはいけません。

やれることは、まだまだあると思います。

例えば、地図を「機能性」以外の視点で捉えてみる。
SNSには日々、「新しくオープンした施設に行った」「お花見ならこのスポット」というような情報がたくさんアップされていますよね。こういう人々の感情を、地図上に反映するのです。

近所で桜が見頃だと知って、「ちょっと散歩しようか」と実際に行き、地元の魅力を再発見するかもしれません。意外とみなさん、家と通勤の往復だけで、近所のこともよく知らなかったりするでしょう。地域の魅力を伝えるツールとして、面白いと思いませんか。

他にも、過去と現在の地図を組み合わせる楽しみ方もあると思います。昔住んでいた場所がいまどうなっているとか、「思い出」を地図からたどるのです。

以前、当社にタモリさんが来てくださったことがあります。タモリさんは地図が大変お好きで、テレビ番組『ブラタモリ』では、地図からさまざまな歴史や街の魅力を掘り起こしていらっしゃいます。当社も地図作りから一歩も二歩も進んで、新しい地図の使い方を提案し、世の中に価値を提供できたら、素晴らしいと思います。

これからは地図の可能性が、もっともっと広がっていくでしょう。その中で、当社が持っているデータベース、専門性、地図会社としての経験の蓄積を、どう使うか。若い人や、さまざまな業界の力もお借りしながら、ワクワクする未来をつくっていきたいですね。