30代からの2億円~会社員投資家・立川一さんインタビュー【前編】

  • リアル投資家列伝・増配銘柄に注目しサラリーマンで資産2億円 / 立川 一

株式投資でも「軸」を固めると成果につながるんだ――。そう思わせてくれるのが、会社員として働きながら投資する立川一さんです。立川さんが着目した軸は「配当」です。今は銀行に預けても1%の金利だって期待できない時代。これから資産を築いていこうとする人なら着目しない手はありません。

吹奏楽、投資の神様、幼い記憶

「アメリカの有名な吹奏楽団が来日するというので演奏会を聴きにいったんです。会場は東京オペラシティでした。ところが、会場へ早く着いてしまった。時間を潰そうと何気なく書店へ入って手にとったのが、バフェットの本でした。『そういえば昔、株をやっていたっけな』と立ち読みしているうちに、火がついてしまったんですよね」

そう振り返るのは、会社員として働きながら株式投資を手がける立川一さんだ。2004年、立川さんが30代に入ったころのことだった。

「そのあとは株のことで頭がいっぱい。楽しみにしていたコンサートなのに曲が頭に入りませんでした。今すぐ取引したい、と」

瞬間的に燃え上がったわけではない。投資への火種は子どものころからずっと、くすぶっていた。立川さんが中学生時代に抱いた夢は「ディーラー」。しかも取引したかったのは株や為替ではない。債券ディーラーだ。

「当時の新聞の影響かもしれません。日本が抱える巨額の財政赤字が話題になっていたころでした。そのせいで株よりも先に『国債』という言葉が先に頭に入ってきた。しかも新聞を見ると、『日本国債105回債●円』と値段が書いてある。株価欄よりも国債の値動きが気になってしまったんです」

ローン返済に明け暮れた20代

通学路にある証券会社で投資信託を購入する早熟な子どもでもあった立川さん。しかし、債券ディーラーへの夢は叶わなかった。

「高校を卒業し大学をめざして1年間浪人したのですが、家庭の事情で就職することになったんです。親が建てた家の住宅ローンの返済があり、20代はひたすら『仕事、返済、仕事、返済』。投資しよう、贅沢しようとかいうよりも、早くローン返済を終わらせたいという思いしかありませんでした」

高校を出たての会社員に毎月10万円ほどの返済は大きな負担となった。

「会社のそばに安いボロアパートを借りて働いていましたが、運のいいことに海外へ赴任するチャンスが訪れたんです。赴任手当がつくし、生活費の負担も軽くなる。これはチャンスだと思ってバンバン返済しました。その結果、30代になって早々、なんとかローンを返し終えたんです」

燃え盛った投資への情熱も成果は微妙

負債はゼロとなったが、資産もゼロ。立川さんは30代にして資産形成へ本格的に着手していく。

「10年も勤めていれば給料もそこそこになる。堅実な貯金でいいだろうと、そうやって3年ほど積み立てていたところに出会ったのが、バフェットの本だったんです」

ウォーレン・バフェットは「投資の神様」とも呼ばれる大富豪であり、その考え方に大きな影響を与えたのは、「バリュー投資の父」と称されるベンジャミン・グレアムだ。

「だから私も最初の投資スタイルはバリュー投資でした。株価に比べて潤沢な資産を持っている低PBR銘柄だとか、稼いでいるわりに株価が安い低PER銘柄の考え方はわかりやすいなと思って実践してみたのですが、あまりうまくいかない。勝つ年もあれば、負ける年もある、という感じでした」

転機となったのは、2008年のリーマン・ショックだった。

「リーマン・ショックが起きる直前には遺産を相続したこともあり、ちょうど資金を増やしたところでした。もう少し時期がずれていて、暴落のあとに資金を追加していれば今ごろは資産10億円になっていたかもしれないのですが、それは私のセンスのなさですね(笑)」

リーマン・ショックで得た2つの気づき

資金を追加したところに襲った暴落。ポートフォリオが傷んだのは当然だが、そこで立川さんはある気づきを得る。

「最初に気がついたのは『市場全体が下り坂の軟調な相場であっても、業績のいい銘柄の株価は底堅い』ということでした」

2007年頃、割安さだけで買った銘柄は下がっても戻りにくいが、割安かつ業績が伸びている会社であれば一時的に下がっても株価が戻ることが多かったという。同年は多くの個人投資家がマイナスの成績だった中でわずかにプラスで終えることができ、自信をもって迎えた2008年。リーマン・ショックによる株価暴落によって、立川さんのポートフォリオは40%近いダメージを受けた。
割安でも、成長でも、マーケットの大きな流れには勝てなかった。

「ところが、受け取る配当金はむしろ増えていたんです。資金を追加し買い増した分の影響はわずかで、大部分が企業の業績アップによるものでした。きちんと稼いでいる会社は株価がどうなろうと配当をきちんと出してくれる。株価がどうなろうと会社の本質が変わるわけではないし、配当を出してくれる会社がある。配当に着目すれば、大きな失敗はしないだろうという考え方になっていったんです」

配当への気付きがあったからこそ、リーマン・ショックでの暴落にも耐えることができた。

「株価だけを見ていたらあきらめていたと思うんです。だけど、株券って単なる『値段のついた紙』ではありません。株券の向こうには会社があり、人がいて、事業が行なわれている。株券に今ついている値段がいくらだろうが、事業がきちんとしていれば配当がもらえる。そのことに気付いてからは配当をきちんと出してくれ、できれば増配してくれるような会社を中心にポートフォリオを組むようになりました」

資産は2億円、配当は年300万円超に

リーマン・ショックから10年、株式投資を本格的に始めてから14年。今、どのくらいの資産に達したのだろうか。

「資産は2億4000万円くらいです。含み益から税金分を差し引けば2億円くらいでしょうか。自分の給料から3000万円、相続から1000万円の合計4000万円ほどをつぎ込みましたから、運用成績としては5倍程度です」

5倍という数字だけでも充分にうらやましいが、立川さんにはさらに配当収入がある。

「配当は昨年が税引き前で400万円近く。税引き後で312万1826円です。投資を開始して以来、平均して年31%ずつ受取配当額が増えているのですが、30%とまでいかなくても年5%から10%くらい増やしていければ、2026年ころには配当収入が年収と同じくらいになってくれる――妄想ですけどね(笑)」