私のマンガ家人生はお金のために始まった【中編】

  • お金を語るのはカッコいい・三田紀房のお金の話 / 三田 紀房

シリーズ600万部を売り上げたベストセラーマンガ『ドラゴン桜』をはじめ、数々のヒット作を生み出してきたマンガ家の三田紀房さん。前回(リンク)明かされた、「賞金がほしくてマンガ家になった」という驚きの事実に続いて、ものづくりへの想いと、マンガへの投資についてお話を伺いました。

私のマンガ家人生はお金のために始まった【前編】を読む
私のマンガ家人生はお金のために始まった【後編】を読む

「絶対にできる!」と熱く語る編集者との出会い

若い頃に借金を負い、お金がほしくてマンガ家になったという経緯は、前回お話した通りです。そうやってデビューして、お金のためだけに働いてきたかというと、やっぱりそうじゃない。根底にあるのは、面白いマンガを描いて読者を楽しませたい、あっと言わせたいという気持ちです。

面白いマンガを描きたいから、稼いだお金は次のマンガを作る環境や支えてくれる人への投資に回す。そうやって仕事をレベルアップしていった結果、またお金が入って来る。そんな良循環はどうすればできるのか。今回は、「ものづくり」と「未来への投資」について、私なりの考えを話しましょう。

30歳でデビューしてから5年くらい、私はぬるま湯状態で仕事をしていました。当時はマンガ雑誌全盛期。増刊号や別冊が次々と出て、描き手が不足していました。私は話のプロットを立てるのが得意で、どんなテーマでも器用にこなすというので、単発の仕事がよく入ってきました。目の前の仕事をこなしていれば十分に食えたし、人気が出ないと打ち切りになる連載を続けるようなプレッシャーがないから気も楽で、まあいい環境だなと思って働く日々。しかし一方で、若い人がどんどんデビューする業界で、いつまでもこんな状態が続くはずはないとも思っていました。

そして、転機が訪れます。

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『週刊漫画ゴラク』から声がかかり、ずっと温めていた「高校野球の監督が主人公」というマンガ『クロカン』の連載を始めたときのことです。連載開始からしばらく経って、新しく担当になる編集者があいさつにきました。

彼は私に会うなり、「『クロカン』を、漫画ゴラクを代表する作品にしましょう!」と熱く語り出しました。高い志を抱いてマンガ家になったわけではなく、ずっと“器用にそこそこの作品を作る”ポジションだった私は、初めてそんなことを言われて驚き、内心「無理だ」と思いました。

しかし、彼は何度も「三田さんならできる」と言うのです。それだけの潜在能力が『クロカン』にはあると力説し、一生懸命励ましてくれる。私は段々、彼のこの情熱に報いなくては、マンガ家として意気地がないと考えるようになりました。

1位を取るためなら何でもやる

彼が示す具体的な目標は、読者アンケートで1位を取ること。同時期、『週刊漫画ゴラク』で圧倒的な人気を得ていたのが、金融マンガ『ミナミの帝王』(原作・天王寺大、作画・郷力也)です。1位に近づくために、私はまず『ミナミの帝王』を読み込んで、他のマンガと何が違うのかを研究しました。

その結果、3つの手法があることに気付いたのです。1つ目は登場人物の「デカイ顔」。そしてその横に書かれた「決めセリフ」。3つ目は、ベタな絵を使った「比喩」で状況を説明する手法。たとえば「ハイエナのような男」というところで、実際にハイエナを描くといった表現です。

私のマンガを読んだことがある人は、お気づきでしょうか。これらの手法はすべて、今では私のマンガの特徴のように言われています。そう、このとき私は、『ミナミの帝王』の手法を完全にパクったのです(笑)。それだけ必死に、カッコ悪くてもいいからなんでもやるという気持ちで、人気が出る方法を考えました(ちなみにマンガ界では、他人の手法を真似るのは決して悪いことではありません。むしろその手法が評価されたとして、真似された側が喜ぶことのほうが多いです)。

結果、『クロカン』は読者アンケートで1位を取り、私の初めてのヒット作となりました。今でも『クロカン』が一番好きだと言ってくれるファンは多いし、これを機に連載の企画を頼まれることが増え、後の『ドラゴン桜』の大ヒットにもつながっていきます。

私は今でも、マンガ家として本気を出すことを教えてくれた彼に感謝しています。その編集者がいなければ、「食っていける」状態に安住し、その結果、読者のニーズを理解することなく競争に敗れ、実家に帰っていたことでしょう。

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「儲けよう」と思うと商売は失敗する

どんな商売もそうだと思いますが、いいモノ・サービスを作るにはどうしてもお金がかかります。マンガを作るには、機械や道具といった「生産設備」はそんなに要りませんが、「人」への投資は惜しんではいけません。マンガのクオリティーを保ち、かつ〆切に遅れず仕事をするためには、優秀なアシスタントを集めて、長く働いてもらうことが欠かせないからです。

そのためには、気持ちよく働ける「環境整備」が欠かせません。

おしゃれなカフェやレストランはもちろん、ボウリング場まであるグーグル本社。遊び心あふれるディズニー・スタジオ本社のように、成長する企業はみんな、社員が心地よく働けるオフィス作りにお金をかけています。

ですから私は、『ドラゴン桜』がベストセラーになって億を超える印税が入ってきたとき、そのお金をほぼ全額、マンガを描く環境整備に使いました。それまで住んでいた自宅兼事務所は狭くて、アシスタント8人がぎゅうぎゅうに詰め合って仕事をしていた。きっとストレスが溜まるだろうなと、気になっていたんです。

新しく建てた自宅兼事務所は、マンガ家が多く住む人気のスポットで、玄関を住居用、仕事用に分けて、作業場として広いスペースを取っています。屋根付きの自転車置き場も用意して、アシスタントが自由に使えるようにしました。新築できれいですし、デザインもモダンにして、快適に働けるよう配慮しました。これは、私にできる最大限の環境整備です。

商売というのは、「儲けよう」と思うと失敗します。自分の手元に少しでも利益を残そうとすると、設備投資をケチったり、人件費を安く抑えたり、粗末なものを仕入れたりして、商品のクオリティーを結果的に下げてしまう。むしろ入ってきたお金は、懐に入れようなどと考えず、次の仕事への投資に回す。利益は未来のために使って、現状に満足せず、レベルアップしていく。そうやってお金がぐるぐると回っている状態が、商売にとっては理想的です。

“いま”のことだけを考えて行動すると、いつか失敗する。現状に安住せず、自分が持っている力を出し切ることで、より良い“未来”が生まれる――。このことに気付けたのは、私を信じ、情熱を傾けて励ましてくれた1人の編集者との出会いと、『クロカン』での成功があったからです。

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