50歳になって、JINSとお金への向き合い方が変わった【後編】

  • 上場企業の社長に聞く! 夢とお金の本質・ジェイアイエヌ 田中仁社長 / 田中 仁

アイウエアブランド「JINS」を全国に展開するジェイアイエヌ。創業者であり、これまで業界に数々のイノベーションを起こしてきた田中仁社長は、「目先の売り上げより大事なことがある」と話す。経営者としてさまざまな試練を乗り越えて至った、「ビジョン経営」の本質とは。
「50歳になって、JINSとお金への向き合い方が変わった【前編】」を読む

業績の低迷期に社員の給与を引き上げた

JINSを始めたころは、売るための経営戦略やマーケティングを技術的に学ぼうとしていました。しかしいまは、ビジネスの教科書とされる本は一切読みません。大切なのはビジョンだと思うからです。ノウハウはその後。自分たちが社会に提供できる価値を追求すれば、売り上げと利益は必然的についてくるはずです。それが逆になると、どうしても無理をしてしまい、自社の存在価値を棄損する戦略を取ってしまう。売り上げと利益が上がらない苦しい時期は、そちらに目が行きがちですが、そういうときこそじっと耐えてビジョンに沿う打ち手を優先する。この決断は、社長にしかできません。

2014年8月期に、「JINS PC(現JINS SCREEN)」のブームが一巡して業績が伸び悩みました。本来であればここで、広告宣伝費にお金をかけて売り上げを伸ばそうとします。しかし私は、広告宣伝費を抑えた。そしてそのお金で、社員の給与を引き上げました。

新卒社員の基本給を20万円から23万5000円に引き上げて、店舗社員の給与もそれに合わせてスライドさせて、年間の平均給与を約10%上昇させました。当時の金額で約15億円を追加の人件費に使いました。その後も社員の給与は、この金額をベースに上がっていきますから、もう引き返せません。この判断も、ビジョンがあるからこそできたことです。
ブランドビジョンである「Magnify Life(マグニファイ・ ライフ=人々の人生を拡大し豊かにする)」を実現するには、商品を作り出す人やお客さまの元に届ける人の力が欠かせない。であれば、人に投資して商品やサービスのクオリティを高めるしかない。それから2年間、業績は厳しかったですが、ようやく基盤が整って次の成長が見えてきました。

insert01

結局は、急がば回れ。どうしても、時間はかかります。私は100年後を見据えて、今日の1ページ、明日の1ページと、着実に積み重ねていきたい。従業員にもそう伝えています。JINSはただメガネを安く大量に売って儲かればいいという会社ではありません。安く提供できるのには理由がある。早くお渡しできることにも理由があって、その先にビジョンがある。それをお客さまに伝えられる従業員がお店にいなければ、意味がないのです。ですから、JINSのビジョンを伝えられる従業員を育てること、ブランドへの理解を社内に浸透させることは、今後の成長に欠かせません。

商売人の地位をもっと上げたい

私は実家が商売を営んでいたので、幼いころから商売は身近なものでした。勉強がダメなら商売で成功したいと思うのも、自然な流れだったように思います。しかし日本全体で見たら、いまは会社員が大多数を占めますから、「商売だなんてとんでもない」「自分とは違う世界」と感じる人のほうが多いようです。子どもを大企業や役所に勤めさせたいと思って育てる親は多いですし、子どももその影響を受けて育ちます。そして、そのような選択を良しとする人は、「お金儲けは悪」「お金の話は汚い」と考える傾向にあるようです。しかし、これはまったくの偏見だと思います。

そもそも、いまある大企業も、最初は小さな商売から始まったのです。時代に合わせた新しいモノ・サービスを提供するビジネスを誰かが立ち上げて、経済を回していかなければ、私たちは豊かな生活を送れません。経済を回し、社会全体をより豊かにしていくためにも、私は子どもたちに「起業家」という選択肢を提示することが重要だと思っています。起業家がリスクを取りチャレンジすることで、多くの人がその恩恵を受けられるのですから、お金儲けは決して恥じることではないのです。

insert04

私は、日本における商売人の社会的地位を高めたい。
そのためにはまず、商売を身近に感じてもらうことが大事です。私は40代で、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科を修了しました。通っていた湘南藤沢キャンパス(SFC)で知り合ったとある学生が、起業することを決めました。理由を聞くと、「僕は親兄弟、親戚もみんな教師で、商売を始めるなんて考えたこともなかった。でもこの学校に来て、先生からビジネスを教わり、起業した卒業生の講演を聞く機会に恵まれて、どんどん商売が身近になり、自分でやってみたいと思った」と言うのです。

この学生の話から、商売人の地位を高め、起業家を増やすには、商売に触れるきっかけを増やすことが大事なのだと教えられました。そこで私は2013年から、生まれ育った群馬で「群馬イノベーションアワード」という起業家のビジネスアイデアや、第二創業のプランを表彰するコンテストを始めました。2014年には、「群馬イノベーションスクール」という無料で受講できるビジネススクールを開講。起業への意識を変えようと動き出しています。

insert03撮影:上毛新聞社

首都圏にいる高学歴の一部の人たちには、いくらでも起業家精神を学ぶ場があります。MBAの授業を受ける機会だってある。大切なのは、そういう機会を地方にいる元気な若者たちにも広めることです。地方には、少し刺激を与えるとものすごく燃える、可能性を秘めた若者がまだまだいます。問題は、彼らの心に火をつける刺激が足りないこと。ある大学教授から、「田中さんがいまやっていることは、アントレプレナーシップ(企業家精神)の民主化だね」と言われたことがあります。これは、日本経済を強くするのに必要な「草の根の活動」だと思っています。

クレイジーになれ! 魂を売るな!

いまの私は、事業も社会も大局観をもって見ることができます。しかし、若いころはやはり目先のことや、テクニックを追いかけて随分と失敗し、痛い目にも遭いました。そうして学んだことでいまがあるので、人は経験を積むことでしか成長できないと思っています。

良かったのは、親が私に一切レールを敷かなかったことですね。地方だと、県庁に入るのが親を喜ばせる安定のコース。小さい頃から「大きくなったら県庁に勤めなさい」と言われて育っていたら、いまの私は存在しない。子どものときに好きではないことにエネルギーを使うと、大人になるまでもたないように思います。私は模索しながらも、自分がしたいと思う方向に多くのエネルギーを費やしてきました。だから挫折して悩んでも、そこからまた成長することができたのだと思います。

insert04

若い社員には、よく「クレイジーになれ」と言います。時代の変化もあるのかもしれませんが、常識の枠内で物事を考えてしまうことが多いので、あえて発破をかけています。

あとは、「魂を売るな」とも言っていますね。人は誰でも、自分の快・不快の感情を本能的に知っています。絵を描くのが好きとか、体を動かすのが好きとか、他人から言われたわけではなく、自分が楽しいと思えることってありますよね。私は、持って生まれた自分の「魂」を開花させるのが、人生だと思っています。自分自身もそうですし、社員にもそうあってほしい。

だから、JINSが掲げるビジョンに共感して気持ち良く働けることが理想ですが、もしそうでないのなら、「魂を売ってまでここで働く必要はない」と言っています。いまの会社が合わなければ、いくらでも他の選択肢はあります。日本は終身雇用の考え方が強く、一度入った会社で無理をしてがんばろうとし過ぎる人が多い。しかし、限りある人生、自分を殺してまで働く必要はありません。私だって、社員がそんな思いをして働く会社の経営者でいたくはない。

そうではありませんか。
死ぬ間際に人生を振り返ったとき、誰しも自分らしく生き抜いたなあと思いたいですよね。そのために、自分の魂も社員の魂も大事にする会社でありたいと思っています。

※2017年4月1日より株式会社ジェイアイエヌは株式会社ジンズに商号が変更となりました。