ガイダンス あなたはなぜ文章を書くのか?

  • 3分でわかる・学校では教えてくれない文章入門 / 古賀 史健

資料作成、企画書、レポート、小論文、ブログなど、仕事やプライベート問わず、文章力が必要とされる現代。上手な文章を書くためにはどうしたらいいのでしょうか? 「書くこと」に特化したライターズ・カンパニー「batons」代表であり、ミリオンセラー『嫌われる勇気』の著者でもある古賀史健さんに、とっておきの文章術を教えていただきました。

伝えるだけでは文章じゃない

町の本屋さんに足を運んだり、インターネットを覗いていると、「文章術」をテーマとした本や記事をたくさん見かけます。どうすれば上手な文章が書けるのか。おもしろい文章には、どんな秘密が隠されているのか。文章を読みやすくするコツとはなにか。作家やライターは、どこに注意しながら書いているのか。もちろん本連載も、こうした具体的な疑問に答えていきます。
しかし、個別のテクニックについて考える前に、ひとつだけ質問があります。メールや企画書、プレスリリース、就活のエントリーシート。あるいは、プライベートで書いている日記やブログ、ラブレターなどなど。あなたはなぜ、これらの文章を書くのでしょうか?

「仕事だから」とか「上司に言われたから」というのは、答えになりません。自分がそれを書く「理由」ではなく、書くことの「目的」を考えてみてください。仮にエントリーシートを書くとした場合、「エントリーシートを書くことによって、自分はなにを、どうしたいのか?」を考えてほしいのです。

ぼくの答えははっきりしています。

文章を書く目的、それは「読者を動かすこと」である。

自分の意見や、自分が有益だと思った情報を、文章にして伝えること。そして他者のこころを動かし、考えを動かし、ひいては行動までも動かしてしまうこと。
それが文章を書く、ほんとうの目的なのです。つまり書くこととは、他者を動かさんとする「力の行使」なのです。少なくともぼくは、そう考えています。

たとえば、企画書を書く。このときも、会議の出席者に企画内容を「伝える」だけでは意味がありませんよね。最終的な目的は、その企画をおもしろいと思ってもらい、企画を採用してもらうことにあるはず。「伝える」だけの文章では、目的の半分も達成できていないのです。

根っこにある「シェア願望」とは

あるいはプライベートで、「原宿のカフェでおいしいパンケーキを食べた」というブログを書くとき。
ここでも、ただ「食べた」という事実を伝えるだけで終わっては、いい文章とはいえません。そうではなく、読者にパンケーキの味や香りや映像をイメージさせ、「自分もその店に行きたい!」と思わせる。そしてあわよくば、実際に時間とお金をかけてまで、その店に足を運ばせる。自分と同じパンケーキを食べてもらう。そこまでたどり着いてこそ、文章としての目的が達成されるのです。

なぜか? 自分のこころの奥を、見つめてみましょう。おいしいものを食べた。すてきな映画を観た。本を読んで号泣した。そうした出来事を書き記すとき、みなさんを突き動かしているのは、「この喜びを、この感動を、シェアしたい!」の気持ちなんですよね。
大皿料理をシェアするように、喜びや感動を共有したい。共に分かち合いたい。だとすれば当然、こころのどこかには「できれば読む人にも、このパンケーキを食べてほしい!」の思いがあるはずなんです。「そうすれば、もっとたくさんたのしいおしゃべりできるのに!」という思いが。
そう、文章を書く人の背後には、いつだって「シェア願望」があるんですね。この考えを、この感動を、この喜びを、この悲しみを、あの人やこの人、ほかのみんなとシェアしたい。わかってほしいし、分かち合いたい。文章はシェアするための手段であり、たぶん人間とはさまざまな「つながり」を希求する、社会的生きものなのです。

とはいえ、これは読者の立場からすると迷惑な行為でもあります。「おれの気持ちをわかってくれ、共有してくれ」と一方的な感情を押しつけられるわけですからね。当然ながら圧力を加えられた読者は、「やめてくれ」「冗談じゃねえよ」と反発するでしょう。
物理の授業で習った「作用・反作用の法則」を思い出してください。壁を10の力で押したら、同じ10の力で押し返される、というあの法則ですね。
あなたが文章によって読者のこころを動かそうとするとき、圧力を加えられた読者はかならず反発します。押し返してきます。これは避けようのない、反作用みたいなものです。たとえその文章にたくさんの「なるほど!」な話が書いてあったとしても、読者はたったひとつの「それはおかしい!」のポイントに目を向け、反発します。メールでも、ビジネス文書でも、ブログでも、ぼくらライターの書く原稿でも、なんでも一緒です。

そこで、読者の反発を最小限にとどめ、最終的に読者のこころを動かすにはどうすればいいのでしょうか?
もっとも簡単で、確実な方法は「論理的であること」です。

文章という不自由すぎる伝達ツール

なぜ、文章には「論理」が必要なのか?
普段、友達とおしゃべりをするとき、ぼくたちはことさら論理的であろうとはしませんね。思いつくままにしゃべり、話題はあちこちに飛んで、最終的には「とにかくスゲーおもしろいんだよ!」などと、知性のかけらもない言葉で相手の同意を取りつけたりしています。ぼくだって、普段のおしゃべりはそうです。「ガーッと集めて、バーッとやっちゃえば、全然オッケーだよ」みたいな日本語、平気で使います。

というのも、おしゃべりをするときのぼくらって「言葉以外」の要素を使ってコミュニケーションをとっているんですね。

つまり、顔の表情、声の高さやテンポ、視線、身振り手振りなどを駆使しつつ、おしゃべりをしている。足りない言葉をサポートする道具がたくさんある。だからこそ、いい加減なおしゃべりでも自分の気持ちを伝えることができるし、相手を納得させられるのです。こうした言葉以外の要素のことを、専門的には「ノンバーバル(非言語的)」コミュニケーション」といいます。

一方、文章はどうでしょう。
お互いの顔や身振りが見えないのはもちろん、どんな声なのかも聞こえません。笑うことも怒鳴ることもできず、沈黙することすら、できない。普段のおしゃべりと比べたとき、意思の伝達に使えるカードが圧倒的に少ない(というか言葉しかない)わけです。
そこで先人たちは、感情を伝える補助手段をたくさん発明しました。
たとえば感嘆符の「!」は驚きや強調を表す記号として使われていますし、疑問符の「?」は疑問を表す記号ですね。これらはいずれも、本来ノンバーバル・コミュニケーションによって伝えていた感情になります。あるいは日本語の場合、文末に(笑)をつけることによって話者が笑っていることを表したりもします。さらにはスマホの絵文字やスタンプだって、感情表現のツールでしょう。文章とは、これら急ごしらえの記号が必要なほど、感情と馴染みにくいツールであり、おしゃべりの延長にはなりえない伝達手段なのです。

そこでぼくは断言します。だからこそ「論理」なのだ、と。
論理的にでたらめな文章に感嘆符を100個つけても、読者は動かない。むしろ文章だけの力で読者を納得させ、同意を取りつけなければならない。そこには、かならず論理が必要になります。「おもしろい文章」や「うまい文章」は、論理をクリアした先にあるのだと考えましょう。

論理という名のチェーンタイヤを

では、ここで結論です。
言葉という「たったひとつの武器」を使って他者を動かそうとするとき、そこには頑強な論理が必要になります。論理なき文章など、氷上を走る自動車のようなもの。どれほど美しいレトリックを散りばめていようと、読者を動かすことはできません。読者を動かすには、論理という名のチェーンタイヤが必要なのです。

ここまでのポイントをまとめておきましょう。

・文章の目的は「読者を動かすこと」にある
・圧力を加えられた読者は、ほぼ無条件に反発する
・文字しか使えない文章は、感情を伝えるのがむずかしい
・読者の反発を防ぐには、論理で足場を固めるしかない

ということで次回からは、このガイダンスで紹介した大前提をベースに、「どうすれば論理的な文章が書けるのか?」について、シンプルな原則をお話ししたいと思います。ほんとにシンプル、びっくりするほど簡単ですよ。

「第一講 論理的な文章のポイントは接続詞にあった!」を読む