資産10億円を築いたカリスマの現在地~DAIBOUCHOUさんインタビュー【中編】

  • リアル投資家列伝・リスクから考える銘柄選びのヒント / DAIBOUCHOU

会社員時代に始めた株式投資で資産10億円へ――わずか6年で巨額の資産を築いた個人投資家がDAIBOUCHOUさんです。短期間で資産を大きく増やした裏にあったのが「信用2階建て」。大きなリスクを背負っても「時間を買いたかった」という、その戦略について聞きました。
資産10億円を築いたカリスマの現在地~DAIBOUCHOUさんインタビュー【前編】を読む

信用取引で買いたかったのは「時間」だった

A社の株を現金で買う。そのA社の株を担保にお金を借りて、A社の株を買い増す。A社株が値上がりすればいいが、下がったときの打撃が非常に大きいやり方でもある。

「信用取引は基本的に『時間を買う』ものだと思っています。本来なら10年かかる資産の増加幅をより短い期間で達成させてくれるからです。ただ、毎回使うものではない。一番上がりそうな、ここぞという場面でガッと稼げれば、そのあとはムリをしてリスクをとらなくて済みます」

するとDAIBOUCHOUさんの思惑通り、株価はみるみる上昇していく。

「2004年、含み益を入れた瞬間風速では資産が2億4000万円を超えました。ところが2004年5月の急落では再び1億円を割り込んだりと、信用取引を限界まで使っていたため、資産の乱高下は大きかったですね。ある程度の資産を築いたところで、徐々に信用取引のリスクを減らしていきました」

全力に近い状態で信用取引を活用していたのはこの時期までで、それ以降は「1億円あったら5000万円分を信用取引で買う」といった程度にリスクを引き下げていった。

含み益込みの資産は10億円に達した

「2005年に非常に盛り上がったのが不動産流動化関連の銘柄。私もダヴィンチ・ホールディングスやアーバンコーポレイション、アセット・マネジャーズ、パシフィックマネジメントといった銘柄に手を広げていきました。今も残っている会社は少ないですが、当時は新しいビジネスとして不動産流動化が注目され、いずれの株価も上昇しました」

2005年には6億円に、さらに年が明け、2006年になると遂に含み益を考慮した資産は10億円の高みに到達した。

「でも、それはエベレストの山頂が雲の切れ間に一瞬見えた景色であって、自分が到達した地点ではありません。たしかに資産の評価額は数日間10億円を超えましたが、そこで決済して処分したわけではありませんから。10億円が見えた直後にライブドアショックが起きて新興市場の株価が崩れたこともあり、資産は6億円程度に戻りました。自分にとっては10億円の実感もなかったし、来るべき急落がきたな、という感覚でした」

しかし、世間はそう見なかった。「ライブドアショックで4億円を失った投資家」としてテレビにコメントを出したこともあったが、モニター上の数字が変わっただけで、本人は損をした実感はなかった。

「行き着くところまで行こう」途中下車はしないと決意

「2004年に会社を辞めたんです。そのときの資産が1億5000万円。信用取引の評価損益を含めない金額です。それが翌年、6億円になった。さらに翌年、株価がオーバーシュート(行き過ぎた値動き)して10億円になった瞬間はありますが、どこかで下がることはわかっていました。とにかく当時は『行き着くところまで行こう』と思っていました。途中で降りていれば資産はもっと少なかったかもしれない。最後までフルスロットルで行ってよかったなと、思っています」

2006年ころには不動産関連銘柄の成長率が鈍化し始めていた。

「当時取り扱っていた銘柄は、利益でいうと10億円レベルの企業たちでした。そうした企業が、10億円の利益を100億円にするのはそんなに珍しい話ではありません。そうなると株価は急上昇します。しかし、そういう会社が、さらに10倍の1000億円の利益になるのは、そうとう難しいものです。ですから、2006年には信用取引を使わなくなり、さらに翌年には不動産関連の銘柄をすべて処分しました」

リスク覚悟で信用2階建てを活用し、資産を大膨張させたDAIBOUCHOUさんだったが、ここからは投資スタイルを大きく転換させていく。

insert01

「資産10億円から1億円割れ」のウワサも

「2006年から、日本株の比率を落として、中国株やベトナム株へと資産の一部を動かしました。日本株はいったん天井をつけた可能性がある、と判断したためです。しかし、中国株は利益になったものの、ベトナム株では暴落に巻き込まれてしまいましたし、日本株でもリーマンショックを経て日経平均が私が株を始めたころの高値2万円から7割近く減少したこともあり、資産を減らしてしまいました」

一時は個人投資家の時代を代表する存在としてメディアに華々しく登場していたDAIBOUCHOUさんだったが、その姿をめっきり見かけなくなったのは、このころだ。

「『10億円あった資産が1億円を割ったらしい』なんてウワサも出ていたようです。たしかに資産を減らした時期はありますが、賃貸用不動産からの安定収入もありましたし、そこまで大きく減らしたわけではありません。しかし、ネットでの誹謗中傷には苦しまされましたし、それもあり以降はメディアでの露出を控えるようになりました」

「バフェットを超えるのは簡単だ」の真意

個人投資家として際立つ存在だっただけに、DAIBOUCHOUさんへの誹謗中傷も多かったという。その発言が切り取られて曲解されることもあった。

「よくやり玉にあげられたのは『バフェットを超えるのは簡単だ』という発言です」

ウォーレン・バフェットといえば、投資家にとっては神様的な存在。長者番付でトップに立ったこともある世界でも指折りの大富豪だ。そんなバフェットを超えると発言したことは大きな話題となったし、「不遜」「調子に乗っている」という印象を受けた人もいたようだ。

「何も私の資産額がバフェットを簡単に超えられると言ったつもりではありません。私たちはバフェットさんについて書き記してくれた書籍を読むことができる。書籍を通じてバフェットさんの投資脳をコピーして、さらに他の賢人のやり方を取り入れれば、バフェットさんを超えることができるんじゃないかと、そんな意図からの発言でした」

しかし、穿った見方をすれば、「(7兆円ともいわれる資産を持つ)バフェットを超えるのは簡単だ」と解釈されかねない発言でもあった。

「『(複利の力を利用すれば)バフェットを超えるのは(計算上)簡単だ』という意図です。たしかに7兆円は途方もなく離れているように思いますが、私のように元手は200万円でも『複利』の力を使って年30%で運用し利益をそのまま再投資していけば、60年ほどでバフェットの資産を抜ける。複利の力はそれほどスゴイんだ、ということをいいたかったんです」

年30%、大変に思えるかもしれない。でも、DAIBOUCHOUさんの16年間の実績をならすと30%ほどだから、不可能な数字ではない。

daiboucho-history