第三講 文章のカメラワークを意識する

前回までの講義で、論理的な文章についてはある程度クリアすることができました。そこで第三講と第四講では、「論理的に書かれた文章を、どう構成するか?」を考えていきたいと思います。小論文やエントリーシート、またはブログなど、少しでも長めの文章にはそれなりの構成力が必要です。
「第二講 論理のマトリョーシカ人形」を読む

文章のおもしろさは構成で決まる

文章の構成について、ひとつわかりやすい例を挙げましょう。
新作映画の公開が近づくと、出演者たちはさまざまなメディアに登場して、積極的な告知活動に励みます。そして記者やライターたちは彼らにインタビューをおこない、原稿を書くわけです。
素材(出演者)は同じです。さらに語られる内容も、ほとんど同じでしょう。「映画の見どころ」「自分の役どころ」「監督の印象」「現場でのエピソード」「ファンへのメッセージ」などです。
しかし、でき上がる原稿は書き手によってまるで違ったものになります。
明日にでもその映画を観たくなるような原稿、出演者個人への興味をくすぐるような原稿、あるいは情報を羅列しただけの原稿。おそらく、10人のライターがいたら10通りの原稿ができ上がるでしょう。
なぜなら、書き手によってそれぞれ論の進め方が違うからです。取材で出てきたどの言葉をチョイスし、どこから話をはじめ、どんな言葉で締めくくるか。論の進め方、すなわち構成が変わると、文章のおもしろさ、読みやすさ、リズムにも明確な差が出てきます。しかも、ここには客観的な正解がありません。

そこで小論文やエントリーシートの指南書では、大きな枠組みとして「序論、本論、結論」による3部構成が推奨されています。導入としての序論があって、メインとなる本論があって、最終的な結論がある。なるほど、たしかにスッキリした構成です。

でも正直な話、なんだかよくわからないと思いませんか?

少なくとも高校時代のぼくには、わかりませんでした。下手に意識するほど「序論ってなに?」「本論ってどういうこと?」「結論ってどう書くの?」と、頭が混乱していました。いきなり序論だの本論だのと使い慣れてない日本語を聞かされても、具体的なイメージが湧きません。
これが「起承転結」ならいいでしょう。起承転結には、四コマ漫画というとびきりのお手本があります。でも「序論、本論、結論」にはお手本らしいお手本が見当たらない。どこからどう書けばいいのか、うまくイメージできない。
そこで今回、みなさんにおすすめしたいのが映画です。映画をはじめとする映像作品のなかに、「序論、本論、結論」のイロハを学ぶのです。

映画はなぜ「わかる」のか?

文章の構成は映画に学ぶ。
このあたりの話は、百聞は一見にしかず。頭で考えるよりも感覚的に理解するほうが早いと思います。さっそく、実例から見ていきましょう。
たとえばここに、「ある大学で出会った男女が、卒業後に結婚する」というラブストーリーがあったとします。しかも芸術性を追求する映画作品ではなく、わかりやすさを優先させた再現フィルムなどの陳腐な映像です。おそらく、ドラマは次のような感じで構成されるでしょう。注目してほしいのは、カメラの位置と距離、そして役割です。

(1)導入……客観のカメラ
ドラマが始まる前に必要なのは「これからなにが始まるか?」の説明です。
なんの事前情報も持たない視聴者に対して、制作者はまず「ここは大学ですよ」「季節は春ですよ」などの状況説明をする必要があるわけです。
そのため、ファーストカットは(かなりの高確率で)大学のキャンパスや校舎を遠くから眺める映像になります。校舎だけでなく、桜の散りゆく並木道や芝生の緑などを収めれば、より季節感を伝えることができるでしょう。
もちろん、これがオフィスラブを題材とした恋愛ドラマなら、ファーストカットはオフィス街の遠景になります。いきなり脇役の部屋から始まるようなドラマでは、視聴者の混乱を招くだけなのです。
カメラは基本的に遠景(ロングショット)で、対象を客観的な視点でとらえようとしています。

(2)本編……主観のカメラ
続いてカメラは、主人公の男の子をとらえ、女の子をとらえます。
女の子との出会い、はじめて声をかけたときの緊張感、楽しげに電話で話す顔、初デートの映画館。カメラが遠景になることはほとんどなくなり、きわめて近い距離(半径数メートル)でのショットが続くでしょう。
そして大学を卒業し、就職した彼は女の子を浜辺のデートに誘い、ついに物語はクライマックスを迎える。勇気を振り絞った彼のプロポーズに、彼女が涙まじりの笑顔で応える。かなりベタベタですが、感動的なシーンです。このあたりは顔のアップなど、主観的ショットの連続になります。

(3)エンディング……客観のカメラ
最後のエンディングですが、ここでカメラはもう一度遠くからふたりをとらえます。
たとえば夕陽の沈む水平線を背景に、ふたりの人影を描き出す。つまり、美しい風景の一部としてふたりを描き出す。これなどはよくあるシーンです。
こうして主人公たちから距離をおくと、ナレーションやテロップなどの「客観的な解説」も入れやすくなるでしょう。
また、静的なロングショットに切り替わることによって、視聴者はアクション(物語)が終わったことを知り、ふたりのハッピーエンドを受け入れていくわけです。

なんとなく映像のイメージはつかんでいただけたでしょうか?
おそらくほとんどの方が「あー、こういうカメラワーク、あるある」と納得してもらえるような、ベタな展開になっているのではないかと思います。
さて、それぞれのシーンでカメラがどう動いていたか、おさらいしていきしょう。カメラは次のように視点を切り替えていました。

(1)導入……客観のカメラ(遠景)
(2)本編……主観のカメラ(近景)
(3)エンディング……客観のカメラ(遠景)

導入部分では遠くから客観的事実を映し、本編では主人公たちに近づいて半径数メートルの出来事を描く。そしてエンディングではふたたび遠くから物語の終わりを描く。
このようにロングショットからクローズアップまでをうまく組み合わせてこそ、観客はスムーズに物語の展開を理解していきます。

ちなみに、小学生の描くマンガが読みづらいのは、このカメラワークが欠如しているところなんですね。かつてマンガ少年だったぼくにも経験のあることですが、基本的に小学生は「人」と「モノ」しか描きません。しかもほとんど同じ大きさ、同じアングルで描きます。そのため、主人公がいまどこにいるのかもわからないし、場面転換してどこに行ったのか、どれくらいの時間が経過したのか、季節はいつなのか、といった周辺情報がほとんど伝わってこないのです。これではどんなにおもしろいストーリーがあっても、読者の理解を勝ち取ることはむずかしいでしょう。

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文章にも「カメラワーク」がある

いま述べた話は、文章にもまったく同じことが言えます。
文章を書く人間は、もっと「カメラ=眼」の存在を頭に入れつつ、映像を編集するような意識をもって構成を考えていくべきなのです。たとえば、冒頭に述べた3部構成の「序論、本論、結論」に、カメラワークの視点を組み込んでいったらどうなるか。ぼんやりしていた3部構成の役割が、一気に映像化できるようになるはずです。

(1)序論……客観のカメラ(遠景)
(2)本論……主観のカメラ(近景)
(3)結論……客観のカメラ(遠景)

冒頭の「序論」で語るのは、客観的な状況説明です。
これから本論でなにを語るのか、なぜそれを語る必要があるのか、世のなかの動きはどうなっているのかなどを、客観的な立場から明らかにする。カメラはずっと高い地点から俯瞰で対象をとらえています。

続いて、メインの「本論」で語るのは、それに対する自分の意見であり、仮説です。カメラは対象にグッと近寄り、かぎりなく主観に近いポジションから対象を描いていきます。自説を補強・検証するためにロングショットを差し挟むことはあっても、基本的には半径数メートルの映像でしょう。

そして最後の「結論」では、ふたたび客観的な視点に立って論をまとめていきます。よく主観のまま結論を語ってしまう人がいますが、それでは「意見」や「仮説」のまま終わってしまいます。展開してきた自らの意見に、客観性を持ち込むことで「客観的な風景の一部=動かしがたい事実」として描くわけです。

この「結論部分に客観性を持ち込む」というのは少し理解のむずかしいところだと思いますので、実例を交えて補足しましょう。
たとえば、「若者はもっと海外に出ていくべきだ」という主張の文章を書くとします。このとき、序論として語るのは「いまがどんな時代なのか」。「経済のグローバル化に伴って、世界のあらゆるところで働ける人材が求められている」とか、「最近の若者は内向き志向が強まって、海外留学や海外赴任はもちろん、海外旅行にさえ出たがらないそうだ」とか、社会全体の大きな流れを、ロングショットで描きます。

続いて本論では「若者はもっと海外に出るべきだ」というメインメッセージを語ります。ひとつ前の章で紹介した「主張、理由、事実」の3つを揃えながら、論を展開していく。

そして最後の結論が、「グローバルな視野を持った若者だけが、日本を変えていけるのだ」みたいな話だったとする。うーん、ちょっと強引ですね。にわかに同意することはできません。
しかし、この結論を持ち出す前に「明治維新」という客観的な史実を入れてみると、どうなるでしょうか?
つまり、「若いうちに海外に出るべきだ」と持論を展開したあとに、「思い返せば、明治維新を成し遂げた幕末の志士もそうだった」と自分の意見からいったん距離をとる。遠景のショットを入れる。坂本竜馬や勝海舟らの史実に軽く触れ、それを受けるかたちで「グローバルな視野を持った若者だけが、日本を変えられるのだ」と結論づけるわけです。
ロングショットで撮影することは、自分の意見から距離をおくことにつながります。そしてほんの少しのロングショット(この場合は「明治維新」という史実)を差し挟むだけで、結論の納得感はグッと高まりますし、映画のようなエンディングを迎えることができるのです。

さて、カメラの重要性は大枠の構成にかぎった話ではありません。文章を書くときには常にカメラワークを意識するようにしましょう。

カメラはいまどこに置かれ、どんな順番で、なにをとらえているのか。対象との距離感はどれくらいなのか。同じ距離、同じアングルばかりが続いていないか。場面(論)が転換する際に、それを知らせる遠景のショットは挿入したか。カメラを意識するようになると、文章と文章のあるべき順番も理解できるようになります。そして文章全体にメリハリがついて、リズムもよくなります。

これから映画やテレビを観るときには、ストーリーだけでなく、もっとカメラワーク(とくにカット割り)に注目するようにしてください。そして、いい本を読むだけではなく、いい映画をたくさん観てください。映画には、無駄なカットなど1秒もありません。何気なく撮っているような風景でも、そこにはかならず制作者の意図が隠されています。カメラワークを「読める」ようになれば、映画の楽しみは何倍にも膨らむはずです。

それでは今回のポイントをまとめておきましょう。

・文章は大きく「序論、本論、結論」に分けて構成する
・その際、映画のカメラワークをイメージするとよい
・序論とは、客観的な状況説明である(遠景)
・本論とは、主観的な意見や仮説である(近景)
・結論とは、客観的なまとめである(遠景)
・もっと文章のカメラワークを意識しよう

文章を構成する上で、この「序論、本論、結論」は基礎のキソだと思ってください。次回は「起承転結をひっくり返せ!」をテーマに、よりおもしろい構成法について見ていくことにします。