第四講 起承転結をひっくり返せ!

前回の講義では、小論文などで推奨される「序論、本論、結論」型の文章について、カメラワークという視点から考えていきました。たしかに「序論、本論、結論」の3部構成は論理的だしスッキリしています。しかし、若干おもしろみに欠けるのもまた事実です。そこで今回はその発展形として、読者をグググッと引き寄せるような構成について考えます。ベースとなるのは、あの「起承転結」です。
「第三講 文章のカメラワークを意識する」を読む

起承転結はなぜ嫌われるのか?

起承転結はおもしろい。
四コマ漫画を見るまでもなく、起承転結のルールにのっとった物語には、抜群の安定感がある。これは誰もが認めるところだと思います。
ところが、文章の専門家を自認する人ほど、起承転結を否定します。もし時間があったら、書店に足を運んで文章術系の本を5冊ほどパラパラめくってみてください。うち少なくとも3冊には「起承転結など無視しなさい」と書いてあるでしょう。しかも、けっこうなドヤ顔で、書いています。

ひるがえって「お前はどうなんだ」と聞かれた場合、たしかに起承転結をおすすめすることはできません。とくにビジネス文書や小論文、エントリーシートなどの分野における起承転結は、禁断の果実。使いたいけど使えない、ほんとに厄介なシロモノです。
なぜ、あんなにもおもしろい起承転結が使えないのか? 起承転結のどこが禁断の果実なのか?
その答えは、起承転結の「転」にあります。

起承転結の醍醐味が「転」であることは間違いありません。
四コマ漫画でいう三コマ目。あそこに「ええっ!?」「どういうこと?」という驚きやどんでん返しが入るからこそ、最後のオチが気になるのだし、物語はおもしろくなるわけです。
ところが、ビジネス文書や小論文に「ええっ!?」や「どういうこと?」のどんでん返しが入ってしまうと、読者は混乱します。

だってそうでしょう。それまで延々と語ってきた話(起と承の部分)をあっさり否定するような要素、流れを寸断するような要素が入ってくるのです。あなたが「驚き」のつもりで入れたどんでん返しが、読者からすると「いままでの議論はなんだったんだ!」という「裏切り」になってしまうのです。
起承転結の「転」は、小説やエッセイなどストーリー仕立ての流れにおいてのみ、その効果を発揮するものだと思ってください。

小説と日常文の違い

ここで一度、小説とそれ以外の文章の違いについて、説明しておいたほうがいいかもしれません。

小説とは、石畳の路地のようなものです。
おもしろい小説を読むとき、ぼくたち読者は作家が丹念に敷きつめていった「ことばの石畳」の上を歩いていきます。でこぼこ道もあるし、曲がりくねった道もある。どこにたどり着くのか、いつたどり着くのかは、さほど大きな問題ではありません。むしろ石畳の美しさ、入り組んだ路地の複雑さ、降り注ぐ太陽や道ばたの草花、つまりは「道のりそのもの」を楽しみ、こころと頭で散策しています。

一方、ビジネス文書や小論文などの文章は、高速道路だと思ってください。
ここでの目的は、早く正しく安全に、目的地に到着すること。もちろんでこぼこした石畳の路地ではなく、整備の行き届いたアスファルトの道路です。ときおり休憩所(サービスエリア)でひと息つくことはあっても、意味もなく回り道を走らせたり、渋滞させるようなことがあってはなりません。
高速道路を走る読者は、道のりのおもしろさよりも、目的地へと安全にたどり着くことを優先しています。
さて、こうして考えたとき、起承転結の「転」とはどんな存在といえるでしょうか?

いちばん近いのは「行き止まりと抜け道」なのだと思います。
道なりに歩いてきたら、とつぜん行き止まりに突き当たる。予想だにしなかった事態に驚き、途方に暮れる。けれどもよく見ると、行き止まった壁の横には「秘密の抜け道」が用意されていて、そこから思いがけない場所(結末)へとたどり着く。
小説の石畳を歩いているとき、この展開はかなりおもしろいものでしょう。しかも多くの小説では、「起」から「承」までの道のりに「転」への伏線が張ってあるので、行き止まりの困惑には謎解き的な興奮も含まれます。
しかし、高速道路に行き止まりがあってはいけません。
抜け道があろうとなかろうと、伏線があろうとなかろうと、猛スピードで走っていた読者は急ブレーキを強いられ、場合によっては重大事故を起こしてしまいます。高速道路には「秘密の抜け道」など必要なく、ただただ早く正しく安全に、がモットーなのです。

起承転結から起転承結へ

ただし、いくら高速道路だとはいっても、あらゆる文章を「序論、本論、結論」の順番で組み立てるのは味気ないですよね。理路整然としていて納得感はあるんだけど、おもしろみに欠ける。これは由々しき問題です。

覚えておきましょう。
文章とは、「正しい」だけではいけません。
なぜなら、読者はつねに「読まない」という最強のカードを手に、文章と対峙しているからです。あなたの主張がどれだけ正当で、それを伝える文章がどれだけ論理的なものであろうと、読者に「読まない」のカードを選択させてしまってはおしまいです。しかも読者は、文章のかなり早い段階で読むか読まないかを決めています。当然その判断基準は「おもしろいか、おもしろくないか」です。
高速道路なのに、おもしろさが求められている。いったい、どうしたらいいのでしょう?

そこでぼくは、 「承結」という構成をおすすめしたいと思います。具体的にどんなものか見ていきましょう。

起……いま全世界的に温室効果ガスの削減問題が議論されている
……しかし、地球温暖化現象は本当に温室効果ガスによるものなのか?
承……(その疑問を抱いた理由、客観的事実など)
結……よって、温室効果ガス削減の議論はかなり根拠に乏しいものと考えられる

まずは冒頭で月並みな一般論(温室効果ガスの削減問題)を述べ、そこに「転」としての疑問(ほんとにそれが原因なのか?)を投げかける。常識(起)に対して、あえて疑いの目(転)を向ける。いわば「つかみ」のようなものですね。

こうすると読者は、かなりの確率で注目してくれます。少なくとも、序論から本論へとスムーズに流れていく展開よりはずっとインパクトがあるでしょう。
一応お断りしておくと、このタイミングで入る「転」は、行き止まりにはなりません。読者はまだまだ走りはじめたばかり。高速道路でいうなら、料金所をくぐって合流地点の手前にいるところです。「転」の方向転換も気持ちよく受け入れてくれるでしょう。

あるいは、もっと大胆な手法として、「転」の部分に独自の仮説を放り込んでみることもできます。単に疑問を投げかけるだけでなく、常識をくつがえすような仮説をぶつけてやるのです。

起……いま全世界的に温室効果ガスの削減問題が議論されている
……しかし、これは欧州先進国が企てた政治的謀略である(仮説)
承……(仮説を立てた理由、客観的事実など)
結……よって、日本は慎重かつ戦略的な対応をとるべきだ

こちらも、かなり興味をくすぐられる展開でしょう。
ここでの仮説とは、あなたの「主張」です。以前『99・9%は仮説』(竹内薫/光文社新書)という本がありましたが、すべての主張は仮説なのです。極端なことを言ってしまえば「人を殺してはいけない」も仮説だし、「ものを盗んではいけない」も仮説にすぎません。そして、ブログに書かれる「あのお店のパスタはおいしい」だって、なんら検証と証明を経ていない仮説なのです。

ポイントは冒頭の「起」にある

じゃあ具体的に、どうすれば承結の文章を組み立てられるのでしょうか。そのポイントを理解するために、簡単な例文を見てみましょう。

起……甘いものはダイエットの大敵だと言われている
……でも、ダイエット中にケーキやドーナツを食べてもいい
承……(食べてもいい理由、客観的事実など)
結……我慢ばかりのダイエットでは長続きしないのだ

なるほど、おもしろそうな展開ですね。
冒頭のよくある一般論に対して、それを全面否定するような主張(仮説)がぶつけられ、続く「承」と「結」でなにかしらの論が展開される。なぜダイエット中にケーキを食べてもいいのか、ほんとうにそれでダイエットができるのか、思わず耳を傾けたくなってしまいます。
ただし、ここにはひとつ注意が必要です。たとえまったく同じ主張を同じ場所にもってきた場合でも、承結にならないパターンがあるのです。次の展開を見てみましょう。

起……疲れたら甘いものがほしくなる
承……だから、ダイエット中にケーキやドーナツを食べてもいい
承……(食べる理由、客観的事実など)
結……我慢ばかりのダイエットでは長続きしないのだ

やや話が込み入ってくるので、しっかりついてきてくださいね。
冒頭の「疲れたら甘いものがほしくなる」は一般論であり、ひとつの常識です。
でも、冒頭にこういう話を持ってくると、次に入る「ダイエット中にケーキやドーナツを食べてもいい」という主張が、「転」として機能しなくなりますよね? むしろ冒頭の「起」を受け継ぐ「承」になってしまいます。
その結果、なんの起伏もない「起承承結」という構成になっていく。これでは、とても読者の興味を引くことはできないし、自分に都合のいい主張をしているだけに聞こえるでしょう。同じ主張で、同じ結論であっても、冒頭が違うだけでここまで印象が変わってしまうのです。

構造を理解しましょう。
まず、承結のうち「転」「承」「結」から見ていきます。このとき「転」として語るのは、あなたの主張であり、仮説です。そして「承」の部分では(主張を支える)理由と事実を語ります。それから最後の「結」では、まとめとしての結論を語ることになります。

では、いちばん最初の「起」にはどんな要素が入るのでしょうか?

承結

起 → ?
 → 主張(仮設)
承 → 理由と事実
結 → 結論(まとめ)

これは逆算の発想で考えるとわかるはずです。
「転」の部分に注目してください。ここではあなたの主張が語られているわけですが、あくまでも「転」として入っているわけですよね。ということは、その前にある「起」では、あなたの主張と正反対のことが語られていないと承結が成立しなくなります。
つまり、冒頭の「起」には「自らの主張と真逆の一般論」を持ってくるのです。

承結

起 → 主張と真逆の一般論
 → 主張(仮設)
承 → 理由と事実
結 → 結論(まとめ)

たとえば、もしもあなたが「インターネットはすばらしい!」と主張したいのなら、冒頭には「インターネットは恐ろしいものだと言われている」と真逆の一般論をもってくる。

あなたが「プロ野球は最高におもしろい!」と主張したいのなら、冒頭は「プロ野球人気の凋落が叫ばれて久しい」と、真逆の一般論ではじめるわけです。ここを失敗すると「日本人にとって野球は国民的スポーツだ(起)」「とくに交流戦は最高におもしろい!(承)」というように、ファン以外にはまったく届かない文章になってしまいます。

それでは最後に、より身近な例を挙げて終わりにしましょう。次のようなブログ記事があったとします。

起……わたしはとんこつラーメンが好きだ
承……福岡から進出してきた「一蘭」のラーメンはおいしい
承……(おいしいと思う理由、客観的事実など)
結……とんこつが苦手な人にも受け入れられる味だ

言っている内容はわかりますが、さほど興味をひかれる展開ではありません。読者はいつだって残酷です。とんこつラーメンや「一蘭」というお店に関心のない場合、早々に「読まない」のカードを切ってくるでしょう。

これを承結に組み替えると、次のような文章になります。

起……東京の人たちはとんこつラーメンの臭みを嫌う
……でも、福岡から進出してきた「一蘭」のラーメンは別格だ
承……(おいしいと思う理由、客観的事実など)
結……とんこつが苦手な人ほど「一蘭」を食べるべきである

ずいぶん印象が変わりますよね?
ただ自らの主張を展開するのではなく、冒頭に「東京の人たちはとんこつラーメンの臭みを嫌う」という(自説と真逆の)一般論をもってくる。だからこそ、主張に「転」の意外性が生まれ、関心を抱いてもらえるのです。

より手っ取り早い話をするなら、自らの主張は「しかし、Aである」というように逆接の接続詞とセットで語るようにする。そして逆接の接続詞が使えるような前段を、冒頭にもってくる。そう理解してもらってもかまいません。
この「起転承結」型の構成は、先に見た「序論、本論、結論」の構造と、大枠のところで重なっています。

起……序論(自説とは真逆の一般論)……遠景のカメラ
転……本論(それをひっくり返す、自らの主張)……近景のカメラ
承……本論(そう主張する理由、理由を支える事実)……近景のカメラ
結……結論(個人的な主張から離れ、一般化した結論)……遠景のカメラ

さてさて話が長くなりました。このあたりで今回のポイントをまとめておきましょう。

・日常文で起承転結を使うと「転」の驚きが邪魔になる
・小説は石畳の路地、日常文は高速道路
・そこで「転」を配置転換して、「起承結」の構成にする
・冒頭の一般論に異論を唱え、読者を引き込む
・ポイントは冒頭にどんな一般論をもってくるか、にある
・自らの主張は逆接の接続詞とセットで語ろう

今回はややむずかしかったかもしれません。でも、とても大事な話をしたつもりなので、納得できるまで何度でも読み返してください。そして自分でも試してみてください。「序論、本論、結論」を踏まえた「起転承結」のコツを覚えるだけで、文章のおもしろさは飛躍的に向上します。次回は、今回の続きでもある「説得の文章から納得の文章へ」という話をしていくことにします。