「保険」を再定義する会社、アニコム【前編】

  • 上場企業の社長に聞く! 夢とお金の本質・アニコムホールディングス 小森伸昭社長 / 小森 伸昭

ペットだって、人間と同じような保険サービスが受けられる――。日本で「ペット保険」という新しい市場を切り拓いた会社、アニコム損保。2000年の創業以来ずっと、保険料収入で国内シェアトップを維持し続けていますが、創業者の小森伸昭さん(アニコムホールディングス社長)が見据えるのは、ペット保険を超えた、これまでにない「予防型」の保険会社。それはまだ誰もやっていない次世代型の保険会社なのである。

これまでにない保険会社をつくりたい

17年前に、大手保険会社の「東京海上日動火災」(旧・東京海上火災保険)を退社し、アニコムを起業しました。理由はシンプルで、「これまでにない保険会社」をやりたかったからです。
それは何かといえば「予防型の保険会社」を作りたいというものでした。ただ、いきなり予防型と言われても、イメージが湧きませんよね。それがどんなものかわかってもらうためには、まずは現在の保険会社がどんな仕組みで動いているのかを、お話ししなければなりません。

例えば「がん」が代表的な事例ですが、人が何歳でどんな病気で亡くなるのか。実際、保険会社は統計的な数字を持っているんですね。「がん」を例にとるなら、男女ともに60代からがんになる人が増え、男性なら25%が、女性なら16%が何らかのがんで命を落とします。
「確率なんて全然わかりません」
なんてことだったら、予想を超えて病気になる人が増え、会社が集めた保険料では足りないぐらいの保険金を払わなきゃならない可能性も出てきますから、経営なんてできません。事業計画が立てられないので、統計的な数字を持つことは当たり前と言えば当たり前です。

ただ、これは見方を変えると「ちょっとずるい」んですよ。
なぜか。それはつまり、保険会社があらかじめ病気になるタイミングや確率がわかっているのなら、保険加入者へ事前に伝えてあげればいいじゃないですか。その方が親切だと思いませんか? つまり、病気になってからありがたみを感じるのではなく、加入者が病気になる確率がわかった上で、そのリスクを可能な限り減らしてあげられる保険会社があってもいいじゃないかと。こんなことを、前の保険会社にいたころに考えたんです。これこそ「予防型」の保険会社で、現在の保険が「メタモルフォーゼ(変身)」を遂げた姿です。要は、アニコムは保険を「再定義」したい。いま、われわれは、まさにその入り口にいるんです。

病気に先回りしてリスクを予防する

「アニコム損保」のペット保険契約件数は、62万件を超えました。独自につくった「どうぶつ健康保険証」を提示するだけで保険金の受け取りができる対応病院は、全国で6000を超えました。

ビジネスの基盤はあくまでここですが、これだけなら予防型の保険会社に脱皮することはできません。予防というのは、ペットが病気になるリスクを少しでも遠ざけてあげることです。病気に一歩でも先回りをするために、ペットに携わる方々への働きかけもしていなければなりません。
それは何か。例えば、次の病気をなるべく遠ざけるためには動物病院の医療技術向上が不可欠です。獣医療データの集積、適正化のため、子会社を通じて病院に電子カルテや顧客管理システムを提供しています。当然、獣医師の質向上も求められますから、動物関係者に特化した研修、求人サイトの運営もしています。別の子会社ではペット医療の先端研究も始めましたし、ペット分野に貢献する事業に投資するベンチャーキャピタル(VC)も手がけています。VCの額はまだ1億円ですが、投資先は増やしていきたいですね。

中でも大切なのは、飼い主さんへの働きかけです。なぜなら、ペットが病気になる原因は、大半が飼い主さんに理由を求められるからです。食べ物や生活環境を決めるのはペットではありません。人なんです。そのため、毎年『どうぶつ白書』という情報媒体も発行しており、ウェブを通じて無料でご覧いただけます。

この白書の中では、犬や猫、鳥、うさぎ、フェレットなどについて、それぞれがどんな病気にかかりやすいのか。どんな環境で暮らしているのか。一方の飼い主さんはどんな不安を抱えているのか。動物病院からのデータ、飼い主さんからのヒアリングをもとに体系立てて作っています。犬を例に挙げれば、かかる病気は遺伝病に由来するものが多い。柴犬やポメラニアン、トイプードルなどの犬種でかかる病気も変わってきますから、それを知っているだけでも飼い主さんの行動は変わってきます。そして、予防型の保険会社を標榜する私たちには、それを伝える使命があると思っています。

「成人」するまでにずいぶん時間がかかった

予防型の保険会社を確立するために、一歩ずつ進んでいます。当然こんな見方もされるかもしれませんよね。「人相手にやったらいいじゃないか」と。
おっしゃる通りです。実際、起業する前は人を相手にやりたい考えはありました。でも、これは極めて難しい。決して理屈通りにはいかないんです。

人の病気を予防しようとしたら、その人の生活習慣から正さなくてはなりません。ところが、人には「欲」がありますよね。身体に悪いとわかっていながら、暴飲暴食をする。タバコを吸い、乱れた食生活を送る。あるいは度を超えて働きすぎてしまうとか――これだけ医療情報が行きわたっているのに、人はなかなか予防ができません。
その点、ペットは違います。さきほどの繰り返しになりますが、飼い主さんさえしっかりしていれば病気のリスクはコントロールできます。

人って難しい生き物なんです。ですから、保険以外の分野でも予防型ビジネスって、そう多くないんです。こんなことを言うと、反論があるかもしれません。病気を予防している会社があるじゃないかと。インフルエンザや、感染症予防のワクチンを製造する製薬会社があるじゃないかと。でも、これらの元をただすと、国が予防接種や定期健診の実施を定めているから初めて成立しているわけです。

誰からも頼まれもせず、ビジネスの根本に予防を置く会社は少ない。ジャンルが違いますが、うまくいっているのは防犯大手の「セコム」さんかもしれませんね。彼らが何をやっているかというと、自前の警備システムをサービス加入者に提供することで、加入者が窃盗や不審者からの被害に遭わないようにしているわけです。監視システムや防犯ガラスがその一例です。リスクを遠ざけているんですよね。
つまり、予防というのはフロンティアなんです。簡単ではありませんが、挑む人が少ない分、この新大陸は可能性にあふれているんです。

ただし、予防に力を割けるようになったのは、この2年ほどの話なんですよ。起業してから、起業時の思いに注力できるまで15年もかかった理由の一つは、法人として「成人」していなかったことに尽きます。
実はアニコムは、やっと株主への配当をお支払いできるようになったところです。それまではずっと、株主からの出資に頼っていた状況で、言うなれば、株主という親のスネをかじり続けてきた。法人として未成年で、一人前になりきれていなかったんですね。
これまで、楽なことばかりじゃありませんでした。

立ち上げ直後のころは加入者はまったく集まりませんでしたし、元はペット共済からはじまりましたが、保険会社になるためには金融庁から保険会社としての免許を得る必要がありました。これは極めて長いレースでした。

「つぶれないことの証明」免許取得の大変さ

損害保険業の免許取得には、2004年の折衝開始から3年以上かかりました。日本の場合、大手銀行や保険会社の資本が入っていない「独立系」保険会社は、極めて少ない。近年になってベンチャーの保険会社も出てきましたが、当時はレアケースです。そのため、会社がつぶれないのを証明することを求められました。顧客の資産を預かっている以上、あらゆるシチュエーションを想定し、「つぶれない」証明をし続ける。

「自分は死にません」と証明し続けるようなものです。厳しかったですね。航空機の製造業が似ているかもしれません。事故が起きない機体を製造するためには、どんな生産拠点をつくるのか。実現するための事業計画はどうなのか。従業員が不正を犯すリスクをどう排除するのか――。それこそ、会議室何部屋分もの資料を満載にして、役所の想定問答に答えなければならないんです。業種は違えど、保険会社も本質的に求められるものは同じ。

それを立証するための折衝が延々と続きます。これが長いレースと言った所以です。起業前、東京海上日動から経済企画庁に出向していましたから、審査がどう進むかはなんとなくわかってはいました。でも、さすがに終盤は悩みました。ゴールはあるはずだけど、そもそも最後まで走れるのだろうか走らせてくれるのだろうかと。途中までやって、免許が出ずに諦めて去っていく会社をこれまでも見てきましたから、不安に駆られました。それでも、走りきれたのはなぜでしょうね。やっぱり、自分の性根の部分が大きかったんでしょうか。

人が新しい何かにトライしようとするときには、必ず多かれ少なかれ負荷がかかります。それは他人からもたらされる試練かもしれません。ただ、もっと大きいのは「できっこない」「だめかもしれない」と自分でブレーキを踏んでいる場合です。これを脱却することって難しい。けれども、難しいからこそ挑む価値があるんです。それこそ、人が生きている証だと思うからです。