第2回 アイデアが出やすくなる? 超集中状態「フロー」とは

前回、集中力は「まばたきの頻度」「まばたきの安定度」「姿勢」の3つで測れるということ、そして集中力が低くなったときには、呼吸と姿勢を整え、目標を適切に設定することが大事だというお話をしました。
今回は、さらにその先の、集中力が極限まで高まり、能力を最大に発揮できているような状態「フロー」について説明していきます。
「第1回 メガネで集中度を測る。『集中力』を見える化したらわかってきたこと」を読む

スポーツの世界だけじゃない! 意外と身近な「フロー」

フローは、1970年代に心理学者のミハイ・チクセントミハイが名付けた概念です。「ゾーン」と呼ぶこともあります。ここでは統一して「フロー」と呼びますが、いわゆる「超」集中した状態のことを言います。
この状態はいろいろな業界で観測されていて、それぞれ呼び方が違います。音楽の世界だと、演奏に没頭しすぎて、勝手に楽器が鳴り出すような状態になることを「ジャックイン」と呼ぶそうです。これも一種のフローですね。
フローというのは、よくスポーツの文脈で語られます。スピードスケートの清水宏保選手は、スタート時にフローに入ることがあると言っています。時間がゆっくり流れて、スタートを自分のタイミングに合わせることができるそうです。これは、実際に時間を操っているという話ではなく、そう感じられたということで、最良のタイミングでスタートを切る体験をした、ということです。

こう聞くと、特別なトップアスリートだけが体験できるものだと思われるかもしれません。しかし、日常生活でもフローの入り口に立っているようなことはよくあります。たとえば、会話がすごく弾んで、気がついたら何時間も経っているようなとき。趣味に没頭しているときなども、フローの入り口になりえます。フローは意外と身近なものなのです。

このフローという状態が科学的に語られるようになったのは、チクセントミハイによって名付けられるより少し古く、1871年。140年以上も前のことです。フローについての研究を最初に始めたのは、地質学者のアルベルト・ハイムでした。そのきっかけとなったのが、登山時に誤って滑落したこと。
落下時間は一瞬のはずなのに、彼は「来週こういう予定が入っていたけれど、ここで自分が死んじゃったら代役を立てないとな……」と、ゆっくりした時間の流れのなかで、いろいろ考えたんだそうです。彼は一命を取り留め、そのときのことをよく覚えていた。そして、こんな不思議な体験をしたのは自分だけなのだろうかと考え、落下事故の生還者35人にインタビューをしました。そうしたら、そのうちのほとんどが「時間がゆっくりになった感覚があった」と答えた。それを論文にまとめたのが、フローが科学の俎上にのった最初だと言われています。

フローの発見は、2000年ぶりに「幸せ」の定義を拡張した

これは単なる特殊な体験を集めただけでなく、大きな心理学的発見につながっていました。というのも、現在、フローは幸せの第3の形態だと言われているからです。それまで、古代ギリシャ以来、幸せというのは「快楽」と「意味」の2つしかありませんでした。快楽というのは、五感を通した心地よさや気持ちよさ、意味というのは、自己実現や生きがいを感じることで得られる幸せを指します。そこに第3の幸せとして、「時を忘れて没頭すること」というのが現れた。これは、2000年ぶりの幸せの定義の拡張だったのです。

フローの研究は、1990年代から本格的に進みました。その要因は3つあります。
1つ目が、「エクストリーム・スポーツ」の隆盛です。エクストリーム・スポーツとは、極端な高所や速いスピードで行う、過激な要素をもったスポーツのことです。モトクロスやスノーボード、クライミングなど昔からあるスポーツでも、宙返りやジャンプを頻繁に行うなどより危険な要素を強調した場合はエクストリーム・スポーツと呼ばれますし、滑空用の特殊なジャンプスーツで山間を滑空するなど、新しく発明されたエクストリーム・スポーツもあります。
エクストリーム・スポーツの隆盛によって、なぜフローの研究が推し進められたのか。それは、こうした競技は超集中状態でないと成功しないからです。エクストリーム・スポーツの競技者は、フロー状態を体験した人が多い。つまり、フロー研究のサンプルを集めやすくなったのです。

2つ目は、撮影技術の進化。これは、エクストリーム・スポーツの隆盛とも関係しているのですが、「GoPro」などのアクション撮影に特化したウェアラブルカメラが普及したことが、フローの研究に寄与しました。これらのカメラで、エクストリーム・スポーツの競技者の目線で映像を撮影できるようになったのです。それはすなわち、フロー状態の人の目線で追体験をできるということです。
「見る」ということは、最高の学習法のひとつです。たとえば、陸上の1マイル走では、ずっと4分台を切れないという「4分の壁」がありました。しかし、ロジャー・バニスターが1954年に世界で初めて4分を切ると、その後次々と記録が更新されるようになりました。人は見たことのないことはなかなかできないけれど、見てしまえばできることが多いのです。これにより、フロー状態にどう入ればいいのか学習する方法が増えました。

3つ目は、脳の画像分析技術の進展です。これにより、フロー時の脳波や、脳のどの部分が活性化しているのか、ということが判明しました。そしてフロー状態というのはクリエイティブを生み出すのに適した状態である、ということがわかったのです。これが今、スポーツの世界を超えてフローが注目されている理由です。

なぜ、超集中状態がクリエイティブなのか。フロー状態の脳を観察すると、理性が落ちている状態であることがわかります。つまり脳の中のロジック回路ではなく、直感的にものごとを捉える部分がよく働くようになっている。だから、新しいことをひらめきやすくなっているのです。

どういう人がフローに入りやすいのか?

フロー状態のとき、脳はどうなっているのかもう少し詳しくご説明しましょう。人が課題を解決するときにどんな脳波が出ているのかを調べた研究があります。下の図を見てください。

新しい刺激がやってくると、まずシータ波が出て、強い感情が生まれやすくなります(①)。次に、その刺激に対してどうするかという問題解決のための分析が始まり、ベータ波が出ます(②)。そして、行動に移す前の準備としてリラックス状態になるとアルファ波が出ます(③)。

この3つの間の移行がスムーズな人ほど、フローに入りやすいことがわかってきています。フロー状態に入ると高いシータ波/低いアルファ波を維持した状態になる。強い感情がありつつ、リラックスしているという状態になります。シータ波が出ているときは、ガンマ波という第4の脳波が起こりやすい状態になっている。つまり、ひらめきの下準備ができている状態なんです。ひらめく0.3秒前にぱーん! とガンマ波が出て、新しいアイデアが生まれるんです。

しかも、フローに入ったあとは、2〜3日ほどひらめきやすい状態が維持されているという報告もあります。これを、フロー後の学習効果といいます。企画立案や商品開発など、アイデアが必要な仕事ではフロー状態に入ることで仕事が進めやすくなるかもしれません。あなたもだんだん、フロー状態に入ってみたいと思ってきたのではないでしょうか。

それでは、今回のポイントをまとめておきましょう。

●フローはスポーツの世界を超えて注目されている
●強い感情を感じたあとにリラックスできるとフロー状態に入りやすい
●アイデアが必要な仕事では、フロー状態に入ることで仕事が進めやすくなる

次回は、実際にどうやったらフローに入れるのか、具体的な方法をお話していきたいと思います。