第5回 仕事の質に深く関わっていたのは「感情」だった

前回までは、超集中状態「フロー」に入る方法についてお伝えしてきました。ここからは、仕事の質をより高めるために、「感情をどうコントロールするか」についての話をしていきます。じつはこの「感情」は、仕事の生産性やアウトプットの質に深く関わっていたのです。
「第4回 うかつにデスクに座ってはいけない。仕事前にやるべきこととは」を読む

アメリカの要人がこぞって学びたがる「感情のコントロール」

あなたはなにか不安なことがあるがゆえに、目の前の仕事に集中できなかったり、判断を誤ったりしたことはありませんか? 私たちは以前、知り合いのゲーム会社の人から、「社員が、ユーザーの反応に一喜一憂して、仕事の効率が落ちてしまうことがあるのですが、どうしたらよいでしょうか?」と相談されたことがあります。
こういう仕事は、ゲーム好きなインドア派の人がやっていることが多かったりしますが、体育会系の人が安定して取り組むことができる傾向があります。なぜかというと、試合などで場数を踏んできた経験から、緊張したり、勝って喜んだり、負けて悔しがったりと、感情が揺さぶられる状況に慣れているからです。

「感情をどうコントロールするか」という研究は、心理学の領域で長く行われてきました。でもそれはあくまで理論を組み立てることが目的で、実践的ではなかったのです。実践的に感情をうまく扱ってパフォーマンスを上げようという研究は、スポーツの分野から進められてきました。その分野で先陣を切った旧ソ連では、1950年代にスポーツサイエンスという分野が生まれます。

それまでのスポーツというのは、とにかくハードに練習してたくさん競争すれば、スキルも上がるしメンタルも鍛えられる、と考えられていました。しかしそれでは、勝てない人、ケガする人もたくさん出てきた。そこから、単なるハードワークではないメンタルの鍛え方を研究するようになったのです。
そして、その研究はアメリカでさらに発展していきました。私たちは先日、フロリダの「ヒューマン・パフォーマンス・インスティテュート」というメンタルトレーニングの施設を訪問してきました。ここは、トップアスリートや企業のエグゼクティブ、軍関係者、FBIなどたくさんの人が感情のコントロールを学びにくるところです。この連載でお伝えすることは、そのときのトレーニングで教わった内容も取り入れています。

「不安」というネガティブ感情はとても強い力を持っている

よく「物事は最悪の事態を想定しておいたほうが、冷静に対処できる」と言います。でも、それは真っ赤なウソです。悪いことというのは、考えれば考えるほど、そこに注意が向いてしまう。そしてさらに不安を増幅させる。
英語では、“Plan for the worst, wish for the best.”という言葉があります。日本語に訳すと「ベストの状態を願いながら、最悪を想定して計画せよ」となります。これはいいと思います。不安だけをふくらませてしまう状態はまずいのです。

人は不安を感じると、注意力に関わる3つのことができなくなります。
1つ目は、「注意の持続」。不安なことがあると、目の前の作業に取り組もうとしても、不安になっていることばかり気になって、作業が続けられなくなってしまうのです。2つ目が、「注意の転換」。心配事を考え始めると、そこから気持ちを切り替えられなくなるわけです。3つ目は「注意の分割」。不安なことを考えていると、それが自分のすべてだと思いこんでしまって、他の可能性に目を向けられなくなります。

このように、「不安」というネガティブ感情はとても強い力を持っています。でも、だからといって不安を完全になくすことなどできません。つまり、うまく付き合っていくことが大事なのです。それを意識的にやっているのが、テニスプレーヤーです。

テニスというスポーツは、一試合の中で実際にボールを打ってプレーしている時間は、35%しかありません。残りの65%は、次のプレーのための準備をしている時間なのです。よって、その65%をいかに過ごすかということが、一流選手とそうでない選手を分けるポイントになります。トッププレーヤーのロジャー・フェデラーは、「16秒回復」という方法を使っていますが、この方法は、ジム・レーヤーという人が見出しました。先述のヒューマン・パフォーマンス・インスティテュートを設立した人です。

彼は、テニスプレーヤーのコーチをしていたときに、トッププレーヤーとそうでない人は何が違うのか調べました。そのときに観察したのが、双子のプレーヤーです。兄は世界のトップ20に入っているのに、弟はトップ100にも入っていない。身体能力や練習内容は一緒なのに、何が違うのだろうと考えました。その結果、兄はプレーとプレーの合間のメンタルのリカバリーの仕方が弟よりも優れている、ということを発見したのです。
そしてそれは、兄に特有の事象ではなく、テニスプレーヤー全員にとって、試合結果を大きく左右する要素だということがわかりました。彼はそのアイデアを「ストレス&リカバリー」というコンセプトに昇華させたのです。

ストレスを受けたとき、それに引っ張られずすぐ平常心に戻る方法

ストレス&リカバリーには4つのステップがあります。

これは、超集中状態「フロー」に入るときの4ステップとも類似するところがあります。復習も兼ねて簡単に解説していきますね。まず、1の「ポジティブな動きを思い出す」は、前のプレーが良かろうが悪かろうが、次のプレーに入る前にそれをいったん忘れるということです。そして、うまくいったときのプレーなど、ポジティブな動きをイメージします。
次は2の「(肉体・感情の)リラックス」です。フローのときも呼吸が大切だという話をしましたが、ここでは「3・2・5法」という呼吸法を紹介します。
まず姿勢を正し、3秒息を吸って、2秒止め、5秒吐く。途中で2秒止めることによって、吸った酸素と二酸化酸素の交換が効率よくできると言われています。すぐできますので、ぜひいま試してみてください。どうでしょうか、感覚の鋭い人であれば、鼻から吸った息と出て行く息では温度が違うということに気づいたかもしれません。繰り返すうちに、そうした温度や肺の膨らみ方など、さまざまなことに気づけるようになります。

リラックスしたあとは、3の「(これから起こることを)メンタル・リハーサルする 」を行います。次のプレーをどうするのかイメージするということですね。そして、最後に4の「動作に入る前のルーティン」をやります。フェデラー選手は、プレーが終わったら後ろを向いて端っこまで歩きます。その間に、ラケットのガットをカチカチいじる。そして、またクルッと振り返って、ベースラインに戻り準備をします。この一連の流れを彼はルーティンにしているのです。
以上、4つのステップがストレス&リカバリーです。

ストレスを受けたとき、それに引っ張られずすぐ平常状態に戻る、というのは仕事の上でも必要な技術です。私たちも実は、テニスプレーヤーと同じで、1日のなかで実際に本業の仕事をしている時間は短い。ほとんどの時間はプレーとプレーの間、つまり仕事の準備をしているのです。そのため、その間に何をするかが生産性を上げるための鍵となります。

自分はどういうときに調子よく仕事ができるのか、把握できていますか? ストレス&リカバリーの第1ステップの「ポジティブな動きを思い出す」を実践するためには、自分が最高のパフォーマンスを出せていたのはどういうときか、覚えている必要があります。ミーティングでイライラしたときは、生産性が高かったときのミーティングを思い出し、姿勢を正し、リラックスする。そして、このミーティングがどうなればいいのかゴールをイメージし、気を取り直すためのルーティンを行う。デスクワークで集中が途切れたときにも、この方法は有効です。集中した状態に入るためのルーティンを決めておきましょう。

また、座りっぱなしで作業をしていて集中が途切れたときは、1回立ち上がって10秒ほど歩くことをおすすめします。それだけで、脳内の酸素濃度と血流ががーっと上がるのです。それは20秒ほどでわーっと下がり、その後3分かけて少しずつ上っていきます。4、5分のその変化を感じ、そこからはストレス&リカバリーのステップを踏む。自分が集中できている状態をイメージし、リラックス。これから何をするのか頭のなかでリハーサルして、なにか決まった動きをしてから、席につく。そうすれば、また集中力が戻ってくるはずです。

それでは、今回のポイントをまとめておきましょう。

●ストレスを受けたときは、自分が最高のパフォーマンスを出せていた時を思い出す
●姿勢を正しリラックスして、ゴールをイメージする
●いつものルーティンを行う

次回は、感情をうまく活用して、さらに高みにのぼるためにはどうすればいいのかをお話していきます。