第6回 クリエイティブな仕事をするためには、怒りも不安も必要

前回は、感情が乱れたときに、平常心に戻るための方法をお伝えしました。つまりそれは、言いかえると、マイナスの状態をゼロの状態まで戻す方法です。今回は、ゼロからプラスに行くための方法を解説します。感情をうまく活用して、高みにのぼるためにはどうすればいいのかについて考えていきましょう。
「第5回 仕事の質に深く関わっていたのは『感情』だった」を読む

感情は12種類もある

感情というものは何種類あると思いますか? 感情の分類は、昔は、ポジティブかネガティブかの2つでした。それが近年になって研究が進み、ハーバード大学の意思決定センター(Harvard Decision Science Lab)では、ネガティブな感情は、「怒り」「イライラ」「悲しみ」「恥」「罪」「不安(恐怖)」の6つ、ポジティブな感情は「幸せ」「誇り」「安心」「感謝」「希望」「驚き」の6つ、計12に分けて研究が進められています。

感情を細かく分類できたことで、それぞれの感情が何に注意を向けている状態なのか、ということもわかるようになってきました。
どういうことかというと、たとえば、第5回で触れた「不安」という感情は、自分ではとらえきれない、わからないものに対して注意が向いている状態といえます。それゆえに、その「わからないもの」が何かはっきりすれば不安はなくなります。
また、「悲しみ」は、「無いもの」に注意が向いている状態です。身近な例でいうと、「帰ってから食べよう」と楽しみにしていたケーキが冷蔵庫からなくなっていた、といったときに感じる感情です。何がなくなって自分は悲しいのかがわかれば、それを埋め合わせる新しいものは何か、を考えることもできます。

「怒り」というのは、大切なものがおびやかされることに注意が向いている状態です。自分の価値観などが否定される、というときに怒りはわきやすい。ある新聞記者が、インタビューでその人が何に対して怒っているのかを聞くと、対象者の人となりがわかると言っていました。これはつまり、その人が本当に大切にしていることがわかる、ということです。
ヘルマン・ヘッセの『デミアン』という小説には、人は自分の中にないものに対して怒りを感じない、といった一節があります。私たちはこれを読んで、怒りというものをすごく理解できました。
「喜び」は、獲得したことに注意が向いている状態です。獲得、というのは一瞬の動作ですよね。喜びが意外と長続きしないのはそのせいです。なくなってしまったものは、ずっとなくなったままなので「悲しみ」のほうが長く続く傾向があります。
そして「安らぎ」は、満たされていることに注意が向いている状態です。

こうして分析していくと、自分が何らかの感情を感じているときどう対処すればいいのかわかってくるでしょう。

悲しみや怒りなどのネガティブ感情にとらわれてしまったときは、感情と自分を少し引き離すことが必要です。たとえば “I am sad.”と“I feel sad.”はどちらも「私は悲しい」と訳せますが、その状態はまったく異なります。
“I am”のほうは、悲しみにハイジャックされて、自分と悲しみが一体化してしまっている状態です。でも、“I feel”のほうはもう少し客観的で、悲しみというものを感じている自分がいる。I amのときは、まずはI feelのほうに移行するのが、第一歩です。
つまり大事なのは、自分はどういう感情を感じているのかを、自覚すること。感情に名前をつけてあげることで、少し外側から見て、うまくコントロールできるようになると言われています。

幸せなときに、大事な決断をしてはいけない?

また、この12の分類をもとに、感情によってリスク認知や情報処理の仕方が変わるということも研究されています。
たとえば、「怒り」を感じているとき、人はリスクを低く見積もります。「不安(恐怖)」を感じていると、その逆になります。たとえば、ものすごく強い敵が目の前に現れて、その敵に対して「怒り」を感じていたら、無鉄砲に立ち向かっていけるんです。でも、その敵に対して「不安(恐怖)」を感じていると、リスクを高く見積もるので、逃げるという選択をする。

また、「怒り」を感じているときは脳が情報をあまりちゃんと処理しなくなります。考えずにぱっと動く。逆に「不安(恐怖)」を感じているときは、分析的に理屈っぽく考えます。そして、怒っているときは、相手に対する信頼度や協力度が下がります。でも、相手に対して「罪」の意識を感じていると信頼度や協力度は逆に上がるのです。

では、ポジティブ感情のほうはどうなのでしょうか。やはりポジティブ感情にも、リスク認知や情報処理における違いがあります。
「幸せ」だと、人はリスクを低く見積もる傾向があります。つまり、幸せなときは、不用意に約束をしないほうがいいということですね。もちろん、判断力が鈍っている状態だからこそ決断できるということもあると思いますが。あとは「誇り」を感じているときも、リスクを低く見積もります。
情報処理でいうと、「幸せ」や「誇り」を感じているときは、あまり深く考えない傾向があります。おもしろいことに、反応だけを見ると「怒り」と「幸せ」の感情は非常に似ているんです。どちらも、リスクを低く見積もり、あまり考えずにふわっと決定してしまう状態です。

「驚き」と「希望」の2つは、情報処理において人を理屈っぽくさせます。人は、驚くと理解したくなるのです。たとえば、予想外の人混みを見てびっくりしたとき、なぜこんなに人が集まっているのか知りたくなりますよね。少し話がそれますが、「驚き」と「納得」はお笑いの基本でもあります。「驚き」がボケで、「納得」がツッコミ。その2つで、「おもしろい」という感情がおきるのです。

「希望」は、未来に可能性を感じたときに持つ感情です。可能性のある物事を実現したいとき、人は計画的になり、理屈っぽくなります。
そして「誇り」には対人関係において、おもしろい特徴があります。人は「誇り」を感じると信頼度や協力度が落ちるという結果が出ているのです。なぜなのかはまだ詳しくわかっていませんが、逆に「感謝」「希望」「驚き」を感じたときは、信頼度や協力度が上がります。

こういった研究結果を聞いて、知り合いの政治家から聞いた話を思い出しました。その人は、一生の友達をつくるのには、3つの方法があるというのです。その3つとは、「本気でケンカをする」「人に言えないことを一緒にする」「生死をかけた戦いを共に乗り越える」。つまり、「怒り」「罪」「不安(恐怖)」などの感情をうまく利用した結果、結びつきが強まるとその人は考えているわけです。こうした、感情にともなう反応を知っていると、リスクや情報処理、対人関係などをコントロールできるはずです。

自分の感情を振り返ってみよう

ここで、ひとつワークをしてみましょう。数分程度で終わるものです。1週間を振り返り、ネガティブ・ポジティブの12の感情について、感じられていたら◯、あまり感じられていなかったら△、まったく感じられていなかったら✕を下のシートに書き込んでみてください。

いかがでしたか? 自分の感情を振り返るのは、初めての経験だという人も多いのではないでしょうか。このワークは、ぜひ定期的にやってみてください。そして、最近感じていない感情があれば、意識的にそれを感じるような行動をとってみてください。なぜなら、クリエイティビティを高めるために感情は重要な役割を果たすからです。

クリエイティブな人は、いろいろな感情を経験している

クリエイティビティの高い人の特徴は、少し前まではポジティブな人だと考えられていました。ポジティブ感情だと、たしかに発想が広がるんです。逆に、ネガティブ感情のときは発想が縮こまる。だから、企画やアイデアを考える場合はポジティブな方がいいと思われていました。
しかし近年、そう簡単には言えないということがわかってきたのです。むしろクリエイティブな人というのは、ポジティブだけでなくいろいろな感情を経験している人だということが明らかになってきました※。

※The Emotions That Make Us More Creative August 12, 2015より

だからクリエイターというのは、人生のどこかで俳優のトレーニングをした方がいいんじゃないかと私たちは思っています。そうすると、いろいろな感情を理解できるようになるからです。
そう考えるようになったきっかけは、イギリスの俳優学校を卒業した友人・石田淡朗くんが「イギリスでは俳優は感情の達人だと言われているんだ」と教えてくれたことです。役柄として「親しい人が亡くなって悲しむ」「裏切られて激怒する」など、いろんな人の感情を演じることにより、俳優は感情の扱い方に長けているのだそうです。

ここからわかるのは、実際に自分が体験した出来事でなくても、感情のトレーニングができるということ。私たちも先ほどのワークを定期的にやってみて、足りない感情を補うようにしています。
その一つが、ドラマを観ることです。最近「恐怖」を感じていないなと思ったときは、ホラードラマを観たり、「恥」の感情が足りないときは、週刊誌などで芸能人のスキャンダルを読んだりしています。
また、歌をよく聴くようにもしています。たとえば、ドリームズ・カム・トゥルーの「うれしい!たのしい!大好き!」。この歌は感情にあふれていて、これを聴いて歩くと、それだけで気分が高揚し、本当に「うれしい! たのしい! 大好き!」という気持ちになります。
元気になるだけでなく、切なくなったり、ゆったりしたり、感動したり、いろいろな感情を知るために歌はすごく参考になるものです。
感情にいい悪いはなく、クリエイティビティを上げるには、まんべんなくいろいろな感情を感じているほうが効果的だと考えられます。ですので、ネガティブ感情も積極的に感じていくことが大事です。人はなにも意識していないと快を求めて不快を避けるので、同じような感情しか感じない生活を送りがちです。それを打破するために、意識的に行動する必要があります。

とはいえ、ネガティブな感情ばかりだと、あまり幸せな人生とはいえないでしょう。うつ病の人が多いなどの元気のない組織というのは、ポジティブ感情とネガティブ感情が1:1だという調査結果があります。普通はポジティブ2、ネガティブ1くらい。もっと元気で生産性の高い組織は、ポジティブ3にネガティブ1。これは、幸せの黄金比と言われています。
この割合というのは、ディスカッションの発言内容にわかりやすく現れます。トラブルが起こった時のミーティングで、ネガティブ感情が強い人が多数だと、「あいつが悪い」「私はかわいそう」といった発言が多くなる。ポジティブ感情が強い人が多いと「こうしたらいいんじゃないか」「これを機にもっとよくできるんじゃないか」という前向きな発言が多くなるんです。

ただ、割合が低いとしてもネガティブは0ではいけません。職業にもよりますが、0から1を生み出したり、これまでにないものを表現したりする人にとって、ネガティブ感情は必要です。たとえばエンジニアは、ポジティブ感情一辺倒よりも、「イライラ」していたほうが集中できます。研究者も、論文を書くときは「イライラ」していたほうがいい。幸せだと、おそらく細部をつめて書ききれないでしょう。

高度成長期はポジティブ感情だけで、仕事もうまくいったかもしれません。しかし、これからは全員が何かしらクリエイティブな働きを求められる時代です。だからこそ、いろんな感情と向き合うことが必要になると思います。

それでは、今回のポイントをまとめておきましょう。

●感情にいいも悪いもない
●ポジティブだけでなくネガティブな感情も経験しよう
●実際に自分が体験した出来事でなくても、感情のトレーニングはできる

感情をうまく利用して仕事の質を高める方法をお伝えしたところで、次回からは、「考え続けるための方法」についてお話していきます。