お金がないほうがいいことも、ある。【後編】

  • お金を語るのはカッコいい・スマイルズ流・これからの会社のつくり方 / 遠山 正道

「Soup Stock Tokyo」「PASS THE BATON」など、新しいコンセプトを打ち出すブランドをつくり続ける会社・スマイルズ。創業者であり社長の遠山正道さんは、「やりたいことをやる」ビジネスモデルを貫いている。事業計画がない、拡大を目指さない、お金はたくさんいらない――。“ふつう”に見えない、スマイルズ流・会社経営の真意とは?
「事業計画」に頼らないから、面白いことができる【中編】を読む

規模が小さくないと鋭い企画はできない

会社にとって、お金は車を走らせるガソリンのようなものです。
目的地にたどり着くために、ガソリンは欠かせません。ただ、大事なのは「車に誰を乗せて、どこにどうやって行くか」であって、ガソリンはそのための手段でしかありません。ここを間違えないようにしないと、目的と手段が逆になってしまいます。ガソリンを手に入れるために働くというのは、主客転倒です。

お金にゆとりがあるのは、いいことです。でも、「あればいい」というものでもない。ここが、お金の難しいところです。

たとえば、本業の調子が良くて利益がたくさん出たとします。誰かが「お金があるから、こういうプロモーションをしよう」と言ったとしても、きっとその企画は成功しません。動機が弱いからです。「お金があるからやる」ことは、「お金がなければやらなくてもいい」こと。それってつまり、「どうでもいいこと」ではないですか。

前回お話したように、いま、私がいちばん興味を持っているのは「個人」です。
その中で応援している「森岡書店」のような企画は、100億円の予算では絶対に出てきません。5坪の書店で1人の作家の本だけを売る。この企画が、大きな予算を使ってペイできるわけないですよね。そもそも、プロジェクトの規模が大きいと、関わる人も増えていろんな意見が出て、それらを反映するうちに「ふつうの企画」になっていきます。

5坪の書店という思い切った企画は、予算規模が小さくて、投資リスクが少ないプロジェクトだからできるのです。限られた中だからこそ、企画者個人の想いが反映できて、余計なものが入ってこない。小さければ小さいほど、切っ先が鋭く、インパクトある企画が実現できます。

5坪の書店、森岡書店の外観

特にいまはSNSがあるので、お金をかけなくてもインパクトや価値があれば、人々に十分に届く時代です。森岡書店はたった5坪ですが、イギリスの大手新聞『ガーディアン』から取材が来たり、フランスの大手企業の役員がインタビューに来たり、話題性にはこと欠きません。

こんな話を聞いたことがあります。
安藤忠雄さんが昔、牧師さんから教会を建てたいと相談された。その牧師さんはたくさんアイデアを持っていて、「こんなふうにしたい」と一通り話した後に、ぽつりと「でも、十分なお金がないんです」と言ったそうなんです。それを聞いた安藤さんは、「それは、いい建築ができますね!」というようなことを、牧師さんに仰ったそうです。

何かをするときに、ただお金があればいいというものではありません。やりたい気持ちが強くて、でも少しお金が足りないくらいが、いちばんいいものができるのかもしれません。まあ、あまりにもお金がなくて、眉間にしわ寄せてまでやるとつらくなるので……。ちゃんと笑いながらやるくらいのお金は、あるといいですけどね。

最悪の状況で気がついたこと

2008年、私は三菱商事の社内ベンチャーとして立ち上げたスマイルズにMBO(Management Buyout、経営陣による事業買収)を実施し、独立しました。スマイルズを生み、育ててくれた三菱商事にはとても感謝しています。ただ、スマイルズは小さいからこそ思い切ったことができるし、個人を活かす経営ができる。大資本のもとだと、それが難しいと実感したうえでのMBOでした。

さあ、あとは自分たちの力でがんばっていこう。
そう思った矢先、リーマンショックと、汚染米の混入というダブルパンチがスマイルズを襲ったのです。リーマンショックで外食産業が落ち込んだのは、どうしようもないこと。しかし、Soup Stock Tokyoのメニューに産地偽装された汚染米が混入していたことは、本当にショックでした。Soup Stock Tokyoというブランドを愛して、お店に来ている人たちの気持ちを裏切ってしまったのですから……。

皆で必死になって改善策を実行しました。原材料を見直してほとんどを国産にしたり、流通経路がはっきりしない原料は使わないように徹底しました。ニンニクは中国産から国産に変えたことでコストが6倍に上がったり、できるレシピが50種類から8種類に減ってしまったり、本当にお店を続けられるのかという危機的状況でした。

さらに、現場の混乱もありました。Soup Stock Tokyoは商品や店内のレイアウトなど、デザインにこだわっています。スープに彩りがあるので余計な装飾をなくし、シンプルでありながらも温かみのあるデザインにしています。しかし、汚染米の混入でお客さんの足が遠のいたとき、現場は不安になり、お店にポスターをベタベタ貼ったり、看板を出したりしていました。

これでは、原材料の問題ばかりでなく、スマイルズの原点まで失ってしまう。危機のときほど、ぶれずに原点を貫かなければいけない。そう思った私は、「あるべき姿に戻ろう」と言って、ポスターをはがしました。

最悪だったかに思えた、2008年。
決算を終えてみると、なんと過去最高益でした。原材料をいいものにしぼりこんで、ブランドの原点を守り抜いたことで、お客さまが戻ってきてくれたのです。仕入れを見直し、産地と直接やり取りをする原材料が増えたことで、コストが減ったのも影響したのでしょう。汚染米の混入はあってはいけないことですが、そのことによってたくさんのことに気づかされました。

「固定」がリスクになる時代

人はよく、目的と手段を取り違えてしまいます。
お金のこともそうですが、事業継承でも、同じことがいえると思います。本来、会社は市場からノーと言われたら存在する意味がありません。役者が舞台に立つのは、それを望むお客さんがいるからです。人気がなくなったら、引退するしかない。誰も見たいと思っていないのに、「死ぬまで役者でいたい」というのは、なんだかおこがましい。そんなに甘い世界ではないから、続けるには必死に魅力を磨いていかないといけません。

ですから、「会社を残す」「お金をたくさん貯める」というのは、目的にはなりません。

スマイルズは最近、「Smiles.come(スマイルズドット カム)」というサービスを始めました。

このウェブサイトでは、さまざまな職能をもつ人が自分自身を「商品」として、いくつかの「サービス」を提案します。希望する人はメールで申し込む。私であれば、「講演会」「ブレインストーミング」といった社長らしいサービスのほか、「タイルのアート」「あなたのコーディネート」「人生相談を聞く茶和会」「記憶に残るカンパイ」など、これまでの人生経験をひっさげて、いろんなサービスを売っています。

なぜ、「Smiles.come」を始めたか。
それは、「固定化」を防ぐためです。

100歳まで生きる時代になると、「固定」がリスクになります。「固定」というのは、1つの場所、1つの仕事、1つの人間関係など、1つの選択肢しか持っていないこと。勤め上げた会社を定年退職し、あと40年どうやって生きていくのか。別のコミュニティがあるとか、趣味があるとか、そうやって人生の後半戦も自分で稼いで生きていく時代になっています。

それは社長も同じ。だから、早いうちから複業をしておくのです。「Smiles.come」のリリースタイトルには、「社長も複業の時代」とつけました。

会社もお金も、人間がより良く生きていくための「手段」でしかありません。どうかその手段に振り回されず、個としての人生を輝かせてください。

あなた自身の原点、切っ先の鋭い想いをぜひ聞かせてください。