人はいつか死ぬ。だから、人生をまっとうする【前編】

  • 上場企業の社長に聞く! 夢とお金の本質・シミックホールディングス・中村和男 代表取締役CEO / 中村 和男

日本で初めて、製薬会社の医薬品開発を支援するCRO(Contract Research Organization)という業態を根付かせ、ヘルスケアのさまざまな領域で事業を拡大するシミックホールディングス。創業者である中村和男 代表取締役CEOは、あるアーティストの生きざまに強く影響されたという。1回目は、起業にインスピレーションを与えたアートと事業の関係について聞いた。

アートを通して知った「人間のすごさ」

社内にたくさんキース・ヘリングの絵が飾ってあるでしょう。私にとって彼のアートは、特別なものです。ヘリングの絵と最初に出合ったのは、1980年代。ニューヨークに出張しているときに初めて見て、感情を掻き立てられました。シンプルなのに、訴えかけてくる「何か」がある。この絵は、私に買われるのを待っていた――。そんな気すらしました。

へリングはアンディ・ウォーホルと並ぶ、1980年代のアメリカ美術界を代表するポップ・アーティストです。ただ、「アートって金持ちのためのものじゃないよね」という思想で、自分の作品をTシャツやバッジにして安く売ったので、画商が価格をコントロールできなかった。だから有名でありながら、ハイブロウ(知識人)な世界では、ウォーホルに比べて地位が低いようなところがある。

でもね、私がヘリングを好きなのは地位とかそういうことじゃない。作品の裏にある彼の優しさ。アーティストとしての生きざまなんです。

彼はゲイであり、子どものころから「自分は人と違う」という激しい葛藤を抱えていました。その悩みからアートの世界に入り、成功するけれど、AIDS(エイズ)に感染してしまう。ヘリングはもともと社会問題に関心が深く、チャリティーのための作品や、パブリックアートを多く手掛けていました。そして死期を悟ったとき、その傾向がますます強くなります。作品を使ってAIDS防止のメッセージを広げたり、基金を設立したり、次世代のためにできる限り力を尽くそうとする。

ヘリングは残された時間をすべて、表現と社会貢献のために使いました。彼の生きざまから、私は「人間のすごさ」を知った。残念ながら、31歳で亡くなったヘリングに会うことはできなかったけれど、彼に共鳴し、自分の事業にその思想を反映しています。

仕事がうまくいくたびに“ごほうび”として買い集めてきたヘリングの作品は、10年前につくった「中村キース・へリング美術館」で展示しています。ここは世界で唯一、彼のコレクションだけを集めた美術館。へリング作品の奥にある、「生と死」に向き合うことができる空間になっているので、ぜひ一度足を運んでみてください。

©All Keith Haring Works © The Keith Haring Foundation Courtesy of Nakamura Keith Haring Collection

ベンチャー企業はみんながクリエイター

製薬業界をめぐる状況は、世界的に見て大きく変化しています。細胞治療、遺伝子治療の研究が進み、個別化医療の可能性が大きく広がりました。一方で、先進国はいずれも長寿化が進み、医療費の抑制を迫られています。薬をローコストですべての患者さんに届けることと、プレシジョン・メディシン(精密医療)の両方に対応することが、製薬業界に求められています。

役割が変われば、ビジネスモデルも変えなくてはいけません。その点で、先をいっているのがアメリカです。

アメリカでは、1970年代にCRO(Contract Research Organization)という、製薬会社の医薬品開発を請け負うビジネスが生まれました。そのおかげで、製薬会社は1社ですべてのリソースを持たなくても、CROに一部を外注してスピード感ある開発ができるようになりました。そんな土壌のもと、80年代、90年代にアメリカでは多くのバイオ・ベンチャーが生まれました。

私は新卒で国内大手の製薬会社に入り、23年間、新薬の研究開発に携わりました。そのころよくアメリカに出張し、CROを使いこなして画期的なものをつくり出すベンチャーを見ていました。「かっこいいな。まるでアーティストだ」と思い、日本も同じようになっていくだろうと想像していたけれど、10年、20年経っても変わらない。

日本はいつまで、1社での開発にこだわるのか。電機業界が垂直統合から水平分業に移行したように、製薬業界も変わらなくてはいけない。そう思った私は、1992年に会社をやめてCROを事業とするシミックを立ち上げました。

そこからの苦労話は次回に譲るとして、私は起業以来、日本で新しいビジネスモデルを根付かせようとしてきました。アーティストが作品をつくるように、ビジネスの世界で自分なりの価値観を表現しようと、挑戦を続けています。ベンチャー企業というのは、経営者も社員も、みんなが新しいものを世に出す「クリエイター集団」だと思っています。

病気を治しても解決しないこと

当社はCROの事業で創業し、いまでは薬の製造や販売、患者さんの数が非常に少ない希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)の開発まで、領域を広げています。

ただやみくもに、サービスメニューを増やしているわけではありません。根底にあるのは、ヘリングから影響を受けた、「生と死」の考え方。私なりに言うと、「人は、いつかは死ぬ。だからこそ、一度しかない人生をまっとうしてもらいたい」という強烈な想いです。

薬は確かに、病気を治します。でも間違っちゃいけないのは、1つの病気を治療したからといって、永遠の命を得るわけではないということ。前職で新薬の開発をしていたとき、私も「これで大勢の患者を救える!」とか、かっこいいことを言っていました。でもよく考えたら、人間が人生をまっとうするために、薬ができることは限られています。

とくにいま、日本は高齢化がどんどん進んでいますよね。お年寄りがどこか具合が悪いと言って、そのたびに多くの薬を飲ませるのが、いいことなのか。もしかしたら一緒に歌ったり、体を動かしたりするほうが、元気になるかもしれない。生命に対する価値観だって、人によって違います。寝たきりでもいいから長く生きたいとか、すっぱり果てたいとか、いろいろですよね。

日本が世界でも類を見ない長寿社会になった現代。それぞれの人生をまっとうしてもらうためには、薬だけではなくて他のサイエンスも必要です。製薬会社はただ薬を作って売るのではなく、人間のヘルスケア全般を考えなくてはいけません。そういう意味でも、われわれのような会社が製薬会社をサポートする体制を整えれば、そこから新しいビジネスが生まれる可能性だって大きくなるはずです。

「一度しかない人生を、年齢や性別、人種に関わらず、誰もがその人らしくまっとうしていくために、ヘルスケア分野に革新をもたらす」

これが、シミックグループの創業時の決意であり、原理原則。迷ったときは、いつもここに立ち返るようにしています。