「音楽」はコモディティ化しない。そこに商機がある。【前編】

  • 上場企業の社長に聞く! 夢とお金の本質・ヤマハ 中田卓也 取締役代表執行役社長 / 中田 卓也

世界最大の総合楽器メーカーである、ヤマハ。2013年に就任した中田卓也社長は、個性的でわくわくするものづくりを目指し、社内を変革してきた。自身も音楽を愛する中田社長が見据える、楽器・音響ビジネスとヤマハの未来とは。

経済合理性より「感性」で勝負

このエレキギター、素敵でしょう? 「REVSTAR(レヴスター)」といって、サウンドはもちろん、デザインもこだわり抜いています。当社の主力はピアノですが、ギターも50年以上前から作っていて、いま力を入れている分野の1つです。REVSTARは、錆鼠のような日本の伝統色をほどこした個性的なデザイン。これまで、当社はギターの本場・アメリカでなかなか存在感を発揮できませんでしたが、これは評判がいい。「日本らしさ」「ヤマハらしさ」を打ち出したのが良かったみたいです。

これは私の私物で、社長室に置いて時々弾いています。楽器ですか? ピアノが少々と、ギターを弾けます。

でき過ぎた話ですが、私は4歳でヤマハ音楽教室に通ってオルガンを習いました。中学・高校ではバンドを組んでギターに夢中になり、大学のころにはシンセサイザーの多重録音にのめり込む。そんな青春時代を送ったので、演奏する楽しさ、音楽のすばらしい効用は、私の中に体験として染みついています。

音楽は、人間にとって「生活必需品」ではありません。食品や衣服、家電など、日々の生活に欠かせない製品なら、常に一定のニーズが見込めますが、そういうものとは違います。

生活の手段でないにもかかわらず、なぜ、みなさんがヤマハの商品を欲してくれるのか。それは、人間が感情をもつ生き物だからです。音楽は人間の感情を揺さぶり、高揚させ、ときには悲しみをやわらげてくれる。ただ機械的に生きるのではなく、喜怒哀楽とともにある人間の人生を、より豊かにしてくれるのが音楽です。

生活必需品は、人々の暮らしが豊かになると、どんどんコモディティ化(汎用品化)していきます。日々の生活に関わる買い物をするとき、人は経済合理性に従ってシビアに機能や値段を比較しますよね。その結果、「より安くて品質が高い製品」が選別されていきます。衣服や外食、家電など、いまの日本には安くて質のいいものがあふれています。その裏で、コモディティ化は参入企業に厳しい競争をもたらしています。

一方、楽器は「演奏が楽しい」「ライブで感動したい」といった目的をもって購入する方がほとんどで、経済合理性はあまり関与しません。むしろ、「好き・嫌い」「面白い・面白くない」という感性が中心の世界で、価格競争に巻き込まれにくい。感性勝負だからこそ難しい面はもちろんありますが、その分、やりがいがあります。私は音楽をめぐるビジネス環境を、とてもポジティブにとらえています。

楽しみたい「大人」のニーズに応える

コモディティ化しにくいという長所に加えて、楽器・音響ビジネスは、世界を見渡しても市場が広がる余地がまだまだあります。

たとえば、足下の国内。日本で音楽をエンターテイメントとして楽しんでいる人って、実はまだまだ少ない。子どものころにピアノを習う人は結構いますが、大人になってからも演奏を楽しんでいる人となると、ぐっと数が減りますよね。ましてや、いろんな楽器が弾けて、日常的に触れている人は、アメリカだと割と多いですが、日本にはそんなにいません。

そこでいま、ヤマハの音楽教室は、「大人の音楽レッスン」と称した大人向けのコースを増やしています。サックスやドラムに憧れて、初心者だけど演奏したいという方。昔習っていたけど、挫折してしまったピアノをもう一度弾きたいという方。そういう気持ちを持っている方は、結構いらっしゃいます。レッスンに通い始めることで、新たに楽器を買っていただけますし、まだまだ潜在的なニーズを掘り起こせるジャンルでしょうね。

さらに、シニアの方向けの「青春ポップス」も好評です。これは楽器の演奏ではなく、歌って体を動かすことを楽しむコース。講師がサポートするので、楽譜が読めなくてもいいんです。みんなでステップを踏んで、ハーモニーを味わって……。それで気持ちが活性化し、シニアの方々が元気になるとしたら、まさに音楽の効用。われわれがやるべき事業です。

子どもや大人向けの教室は、学校や仕事が終わった夕方がメイン。一方、シニアの方々は午前中から活動されるので、ちょうど時間がずれます。場所を有効に使うという意味でも、いい事業です。

ヤマハの音楽教室というと子ども向けのイメージがあると思いますが、いまや、比率は子どもと大人で3対1。もともと、音楽は世代に関係なく楽しむものですから、こうやって音楽を楽しむことがみなさんの日常に広がっていくのは、うれしいですね。

正解がないからこそ個性が必要

海外の新興国でも、楽器・音響ビジネスの成長は目覚ましいものがあります。中国は直近の決算でも2ケタ成長で、われわれは高いシェアをもっています。中間層の所得が上がっているインドネシアでも、楽器販売、音楽教室の両方が好調です。意外なところでは、インドも伸びています。インドには昔ながらの民族楽器があるのですが、最近はその音色に西洋楽器を組み合わせる楽曲が増えています。衣食住が足りると、次は精神的な豊かさを求めますから、新興国のマーケットは今後も伸びていくでしょう。

海外で市場が伸びているのは、楽器だけではありません。われわれは「音楽」以外の「音」に関するビジネスも手掛けています。最も力を入れているのは業務用の音響装置で、コンサート会場の音響機器や、アナウンスを流す空港や駅のスピーカーなどがあります。楽器で培ってきた技術が生きる事業で、こちらも国内外で需要がある。

中期計画の策定時に、今後3年間で、グローバルでの成長率は、楽器市場で6%、音響機器市場では8%と想定しました。それ程高いものではありませんが、当社は、それぞれの事業においてシェアの拡大を通じて、市場の成長率を上回る成長をしていきたいと考えています。

ここまでずっと、「音・音楽をめぐる市場環境は明るい」という話をしてきました。では、その市場に対してわれわれはどうアプローチするのか。冒頭で、音楽はコモディティ化しない。感性勝負の商品だと言いました。これがとても大事なポイントです。

人間の感性には、正解がありません。音楽は感性をゆさぶるものですから、100人に見せて100人が気に入る楽器というのは、まずありません。ですから、それぞれの趣味に合わせて、異なるラインナップを数多く用意する。かつそれが、「ヤマハらしい」とんがった個性に満ちていなければ、数ある楽器メーカーの中から当社を選んでいただけません。

私は1981年にヤマハに入社し、コンピューターやクレジットカードなどの新規事業に携わりました。当時は、「新しい事業のことはみんなわからない。どうせゼロからのスタートなら、若いやつのほうが吸収するのが早いだろう」といって、新人の私が抜擢されました。良い意味で、いい加減。ベンチャーらしい、挑戦心あふれる会社でした。それが、バブル崩壊後の長い経済低迷期を経て、社員が少しずつ萎縮してしまった。

優秀でまじめだけど、おとなしい。そんな社風からは、個性的なモノは生まれません。私は2013年に社長になったとき、まずここを何とかしたいと思いました。個性ある商品を生むには、どうしたらいいか。それを考え、実行した改革については、次回お話しましょう。