第8回 人生をより豊かにするためのインプット

これまで7回にわたって、自分で自分に取材をし続けることの大切さ、自分に取材した結果をもとに夢をかなえていく方法、夢をかなえることだけに集中する方法、心身の健康管理術などについてお届けしてきました。最終回となる今回は、これからもずっと自分で自分を取材し続けていくために必要なインプット術についてお話してきます。
第7回「よく食べてよく動いてよく寝る」を読む

自分で自分を取材し続けていくと、人生はどんどん変化していきます。そこで必要になってくるのがインプットです。新しい情報やおもしろい刺激を受けることは、新しい夢が生まれるきっかけにもなりますし、それは人生をより豊かにすることだと思うのです。
また、私はアウトプットをする仕事をしているので、つねにそれ以上にインプットしなくてはいけないと感じています。アウトプットというのは、インプットをしたうえで情報を取捨選択したり、自分なりの味付けを加えるということなので、1のアウトプットを出すためには、3以上のインプットがいると思うのです。

一番身近なインプットはネットと本で

私の場合、一番身近なインプット方法はネットと本です。本はちょっとでも気になるところがあったら買うようにしています。1ヵ所だけでも、自分の人生にとって役立つことがあれば、それは自分に必要な本だと考えているのでお金は惜しくありません。自分が本を書いているからそう思えるというのもあるかもしれません。本にかかる手間や関わる人の数を考えると、1冊の本の値段はとても安く感じます。

自分でコラムやエッセイを書いてみるとわかるのですが、4時間いた飲み会の中で、ネタになることが1個しかなかったり、3日間かけた海外旅行の話が3行で終わってしまうことはざらです。自分の人生経験からの取れ高って案外少ないのです。だから、自分が著者と同じ気づきを得ようと思ったら、その人の人生分の時間を同じ経験に使わなくちゃいけない。その時間と労力を考えたら、本のお金を払って本を読む時間だけを渡せば得られる知識は、コスパの良いことこのうえなしだと思いますよ。

日々、ネットからのインプットも欠かしません。ネットではSNSをこまめに見ていて、特に自分とアンテナの似ている人のシェアする情報にはよく影響を受けています。これは意識しているというよりもどちらかというと趣味の延長かもしれません(気がつくとツイッターやフェイスブックのタイムラインを触ってしまっているので)。けれど、ツイートなどの発信がおもしろい人は、その人が日々触れている情報もおもしろかったり、同じニュースに対して独自の意見を持っていたり、そもそも情報を得るスピードが早いのですよね。
私は、いちはやく情報を拾って拡散している人や、自分の趣味に合う情報発信をしている人たちをリストで管理して、その人たちの発信は見逃さないようにしています。あとは特別なことはせず、タイムラインに流れてくるものを、受け止めたり、受け流したりしています。少し偏りはあるのかもしれませんが、ニュースサイトも日々見ているので、世の中で話題になっているニュースをうっかり見逃していることは少ないように思います。

ただ、情報が溢れているこの社会の中で情報に過剰に踊らされないように、自分の信頼している人のシェアしているものを道標にするのと同時に、すべての話題についていこうとはあまり思わずに、興味のあるものを適当に浴びています。ニュースや情報は、あとからあとから出てくるものだから、網羅しようと思ったらキリがありません。自分が疲れない程度に情報と付き合えばいいと思っています。

リアルな人との会話から得る情報やエピソードは宝物

ネットと本以外のリアルな場所でいうと、セミナーなどにも積極的に行きます。本を出している著者のセミナーは、学べる内容自体は本と一緒だったりするけれど、本と同じことがセミナーでは「体験」になるから、頭だけでなく全身で吸収できる感覚があるのです。島田紳助さんが「頭で記憶したことは忘れるけれど、心で記憶したことは忘れない」と以前テレビ番組の中でおっしゃっていましたが、セミナーでの体験は心での記憶なのかもしれません。

本やネットでファンになった人に実際に会って、同じ空間を共有するというのは、知識をただ得るという以上の醍醐味があります。また、イベントは自分も開催することがあるので、単純に「こんな風にやってみたいな」という、企画側としての刺激ももらって帰ることができます。
セミナー以外でも、リアルな「人との会話」から得る情報やエピソードは宝物です。生きた情報は頭の中をすべっていく知識とはまた違うので、定期的に人に会う機会をつくっています。人と会うたびに、何かしらの刺激がもらえ、自分が小さくアップデートするような感覚を覚えます。運や出会いは人が運んできてくれるもの。だからこそひとりの時間はつくっても、人との出会いや触れ合いは絶やしてはいけないと思うのです。出会いがあるところには、新しい情報、そして新しい人生のきっかけが眠っているように思います。

こんな風に、毎日毎日あらゆる手段でいろいろな情報を浴びると、頭に定着しないもののほうが多くて、前日シェアしたばかりのおもしろい記事やツイートのことも覚えていなかったり、飲み会で聞いた話が思い出せなかったりするので、私は、そのためにネットを使っています。
どういうことかというと、ネタになるな、と思ったことやいい言葉を聞いたりしたら、自分なりにアレンジや分析を加えてどこかに書いておくのです。そうすると、私自身はそのことを忘れてしまっても、私以外の誰かがそれを見て覚えていてくれて「あのとき、はあちゅうさんはこう言ってましたよね」「あのつぶやきが印象に残っています」などと、自分が忘れたころに教えてくれるのです。だから私は日々の発信を「言葉送り」のように思っています。送ったものはいつか、自分のところに返ってくると信じての放流です。

もちろん、日記でも補完します。第1回の記事で書いたように、あとから思い出したいことのキーワードは紙の日記に書き留めておきます。情報を熟成させるつもりで、いったん放置するのです。そうすると、また出会ったときに、最初に出会ったときとはまた違うおもしろさに出会えたりもします。

シェアは人のためにもなるけれど、自分のためにもなる

私自身は中毒に近いほどよくツイッターにいて、つぶやきの数も多いほうですが、日々のつぶやきは本を書くときにも役立っていて、こういう場所に記事としてまとめるものを先に部分的にツイッターでつぶやいてみて、反響を確かめることもあります。RT数が伸びれば、そのネタは需要があるから、みんなが聞きたい、あるいは興味のある話ということで、掘り下げて本に書くネタに格上げしたりしています。こんな風にリアクションが生で見れるのは、ツイッターなどSNSの強みでもありますね。

言葉送りは、ツイッターだけでなくて、身近な人との間でも習慣にしています。一緒に暮らしている恋人とは、毎朝晩、お互いがその日や前日に学んだことやおもしろかったこと、得た知識などを交換しあっています。「このネタあとで彼に話そう」とか「どうやって話そう」などと考えながら話を聞いたりニュースを見たりしていると、何も考えずに見ているよりはちゃんと脳に記憶が定着しますし、ツイッターと同じで、自分が忘れても「お前のあの話はおもしろかった」と彼がふいに、記憶をよみがえらせてくれたりします。

私の場合、本に書くことも、自分の記憶の定着や、言葉送りに役立っています。たまに自分の本を読んでいると「これ、本当に私が経験したことなんだ……」とか「こんな本、私が書いたんだ……」と不思議な気持ちになることがあります。そのときの記憶や感情ってそのときだけのもので、もうその一瞬を逃すと、思い出せなかったり、感じられなかったりするのですよね。

だけど、ブログなりSNSなり本なり日記なり、とにかくどこかに残しておけば、あとからまた出会える。情報は「また出会うために」誰かにシェアしておく。そんな感覚で日々、いろんなツールを使っています。シェアすることは、人のためにもなるけど、結局最後は自分に返ってくるのです。

さて、これまで全8回にわたって、「自分に取材をする」をキーワードに、人生を変えていく方法をお伝えしてきました。自分のやりたいことを知って、自分でかなえていくことを習慣にすると、人生の主導権が自分に移ります。自分に取材をすればするほど、自分という人間が意外にもこだわりやルールに則って生きていることに気づけます。

なんとなく生きているようで、みんな「習慣」の奴隷なのです。それを意識するかどうかで、目の前の景色が変わります。習慣を「自分への取材」によって棚おろしして、理想に近づくための習慣はそのまま続け、理想から遠い習慣は変えていけばいい。それが夢に近づくということだと思います。

「自分への取材」を通して、知っているようで知らない自分を深堀りすると同時に、理想に少しずつ軌道修正していくことが、自分の人生をより豊かにしてくれるのではないでしょうか。自分を知り、理想に導くための「自分への取材」、ぜひ習慣化してみてください。