第2回 印象派にたどりつくまでの西洋美術

印象派まわりの作家と作品を押さえれば、
「西洋美術? だいたい知ってるけどね」
と言い切っていい。前回、そうお話しました。

というのは印象派こそ、長い西洋美術の歴史におけるピークだからです。
あ、ここでいう西洋美術とは、アートと聞いてわたしたちがごくふつうにイメージする作品が生まれた時代に限ります。そうしないと、人類の文化史すべてをたどる羽目に陥ってしまいますので。

なにしろ創造する行為とは、ヒトが意識を持ちはじめたころからずっと続いているもの。歴史や美術の教科書で、ラスコーなどの洞窟壁画を見た覚えもあることでしょう。太古に描かれたあれも、見事な美術ですよね。むしろ洞窟壁画を超えるものなんて、その後生まれてないんじゃないかとすら感じますが、そこまで視野に入れては収拾がつきません。
ジャンルについても、西洋美術の王道たる絵画に絞ります。彫刻も建築も被服も生活用具の装飾も、アートといえばアートと言えます。どこまでがアートかを考えるのもたいへんおもしろい問題ですが、それはまた別のお話にて。
第1回「アートを知ることは、武器を手にすること」を読む

14世紀以前とそれ以降のアートの明確な変化

では、現在に連なる西洋美術の歴史とは、どこから始まるか。この連載では14世紀初頭、1300年あたりを始まりとします。日本でいうと、鎌倉時代の末期のあたりですね。そこから、ルネサンス〜近代〜現代までの歴史をみていきましょう。

その前に、14世紀より前のアートについて簡単に説明しておきます。
14世紀より前と以降のアートでは、明確な変化がひとつあります。それは、
作者がいるかどうか。
いえ、作品は必ずだれかの手でつくられるので、作者が常にいることはいる。ですが、中世までは作者の名前がほとんど残っていない。創造の手柄が、個人に帰せられてはいなかったのです。

西洋の中世とは、人が神とともにあった時代。営みのすべてにキリスト教の教えが浸透していました。創造とは神のみが成し得るのであって、人間が、ましてや個人が新しいものを生み出すなんて思いもよらなかった。
中世においては絵画といえば基本的に宗教画ですし、「型」を踏襲することが最優先。たとえばイエス・キリストを表すならば必ず頭上に光輪を入れ、服装や立ち位置はあらかじめ決まっている。聖母子像ならポーズはこう、などと慣習的にルールが定められていました。個性やオリジナリティなんて、だれも求めていませんでした。

それまでの慣習を打ち破った新しい試み

1300年前後になって、そんな慣習を打ち破る者が現れました。
イタリアの画家、ジョットです。
宗教画を手がけていた点では従来通りですが、彼はひとつ新しい試みをしました。
観察、です。
中世の描き手は、外界を観察するなんて思いも及ばない。絵を描くとは「型」をなぞることでしたから。ジョットは絵画の先例を打ち破り、自然の事物を観察して樹木の佇まいや人の表情、衣服のニュアンスなどを写しました。つまりは写生ですね。

ジョットはおそらく観る人に、絵の内容をよりよく伝えたかった。それで描こうとするものをよく見て、どう描くとわかってもらえるか考え、想像した。そうして絵の画面はモノの位置関係がちゃんと理解できたり、人の感情を読み取れるものとなっていきました。

相手のことを想えば、向こうも想い返してくれるというのは道理ですよね。観者にまで思いを馳せたジョットは、権力者にも市井の人にも愛され、絵描きとして広く認知されていきます。個性的な画風を持った、画家という名の作者が、ここに誕生したのです。

ルネサンスで開発された遠近法や陰影法

ジョットのあとは、ルネサンスがやってきます。イタリア諸都市を中心に沸き起こった文化・芸術潮流のことですね。この流れの中にレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロといった巨匠がいます。
彼らは圧倒的な技量と個性を武器に、ジョットが始めた「観察し、外界を写す」ことを洗練させました。よりそっくりに、より真らしく描こうとして、彼らは遠近法や陰影法を開発し完成させました。
視点と消失点を定めて補助線を引き、それに沿ってモノの大きさ・角度などを描いていくことで、絵の中に奥行きを生むのが線遠近法。手前のものを赤色系でくっきりと、奥にあるものは青色系でぼんやり描き奥行きを出す、色彩遠近法というのもあります。そして、色の濃淡によってモノの立体感を表すのが陰影法です。

ここに目標は定まりました。以降の画家たちはレオナルド、ミケランジェロ、ラファエロのルネサンス三巨頭を最良のお手本にして、腕を競うこととなります。眼前にあるものをいかにリアルに描くか。それを夢見て数百年の月日が流れます。

優れた画家をあえて10人挙げるなら

写実を極めんとするアートの歴史を彩る、とびきりの腕利きたちの名を挙げておくとしたら、こんなところになります。

ティツィアーノ、カラヴァッジョ、ルーベンス、ベラスケス、レンブラント、フェルメール、アングル、ドラクロワ、クールべ、マネ

本当はもっとたくさんの優れた画家がいるのですが、これでなんとか10人に絞りました。

ルネサンス以降、さまざまな美術潮流、流派が生まれては消えていきました。代表的なものを挙げれば、

マニエリスム、バロック、古典主義、ロココ、新古典主義、ロマン主義

などがあります。ただしこうしたネーミングは、横目でちらと眺めておけばいいでしょう。時代によって、アプローチが少々異なったというだけのこと。写実を極めんという目標に向かって邁進していたことには、なんら変わりはありません。

ポイントをまとめると、

・「わたしたちが知っている絵画」の創始者に、ジョットがいた
・ルネサンスの三巨頭、すなわちレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロが、遠近法や陰影法を開発・完成させた
・その後に登場したカラヴァッジョ、ドラクロワ……、幾多の巨匠たちはみな、写実を極めんと悪戦苦闘してきた

という3点だけ、知っておきましょう。
こうして時代は、すでに19世紀へと入ります。先に挙げた巨匠の最後に名を連ねたマネの一歩先には、印象派が待ち構えていますよ。
冒頭で、
「印象派こそ、長い西洋美術の歴史におけるピーク」
と申し上げました。何がピークなのか。長らくアーティストたちが追い求めてきた写実、その業がまさに極まったのが印象派の時代だったということなのです。
次回、印象派の時代に誰が、どんなことをしたのかを、たっぷり見ていきましょう。

<今回のまとめ>
●「わたしたちが知っている絵画」の創始者は、ジョットという画家
●ルネサンスの三巨頭が、遠近法や陰影法を開発・完成させた
●その後に登場した幾多の巨匠たちはみな、写実を極めんと悪戦苦闘してきた