第5回 「ZOZOSUIT」の未来を読み解く

これまで、業績やキャッシュフローから、スタートトゥデイの特徴や成長率を見てきました。今回はZOZOTOWNの「利用者」の傾向を見ながら、いまもっとも注目されている「ZOZOSUIT」の未来を読み解いていきます。
第4回「キャッシュフローから見えてくる意外な事実」を読む

ZOZOTOWNを使っているのはどんな人?

企業のサービスが、どんな人にどれくらいの頻度で利用されているかがわかると、そのサービスの特徴や規模が見えてきます。さらに、その企業がこれからやろうとしているビジネスが成功するかどうかを判断する材料にもなります。
今回、例に出しているスタートトゥデイのスライドにも、利用者のデータが載っていますので、見ていきましょう。
まずは、「年間購入者数」です。

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過去1年に一度でもZOZOTOWNで買い物をした人の数は696万人。かなりすごい数字です。ZOZOTOWNはファッションに特化したECサイトですから、Amazonや楽天のように誰もが利用するサイトではありません。顧客がある程度絞られた市場で、これだけの数を集めるのは簡単なことではありません。

次に、利用者の性別や住んでいる場所、年齢を見てみます。

アクティブ会員とは、過去1年に1回以上買い物をした人です。女性の利用者が多いことや、首都圏に住んでいる人が多いのは予想通りかと思います。1人あたりの購入金額と購入点数はどれくらいでしょうか?

全体的な傾向として、購入点数は右肩上がりに増えているのに対して、購入金額は伸びてはいるものの購入点数ほどきれいな右肩上がりではありません。EC分野では一般的に「スマホ利用者の比率が増えるほど、購入金額は逓減し、購入回数は増える」という傾向があります。ZOZOTOWNの利用者を見ても、この傾向が当てはまっているようです。

自分の購買行動を振り返ってみてください。パソコンであれば「あれもこれも」と一緒に購入することがあるでしょうし、高価な商品であればパソコンでじっくりと比較しながら購入することが多いと思いますし、スマホだと衝動買い的にタップして購入することが多いのではないでしょうか。

「1人あたり」「1回あたり」の数字に置き換えてみる

最新のデータでは年間購入金額が4万6818円、年間購入点数は10.9点とありますが、この集計データを見ても、ZOZOTOWNを利用する人の姿を具体的にイメージするのは難しいと思います。そこで購入金額と購入点数の割り算を行なってみると、「1点あたり4295円」となります。先に見たアクティブ会員属性と合わせて考えると、次のようなイメージが持てます。

ZOZOTOWNを利用するのは30代前半、首都圏在住の女性。1点4000円ほどの服を年11回ほど、ZOZOTOWNで購入する。

集計された数字だとイメージが持ちにくいですが、割り算して「1人あたり」や「1点あたり」、「1回あたり」の数字に置き換えると、そのサイトを利用する人の姿がイメージしやすくなります。割り算を行なって「1人あたり・1点あたり」などの数字を出すようにしておくといいでしょう。

さらに最初に計算したテイクレートを思い出してください。スタートトゥデイのテイクレートは35%でした。1点4000円の商品が売れると、1400円がスタートトゥデイの売上となります。利益率は27.5%だったので1400円の売上ならスタートトゥデイの利益は380円ほどということもわかりますね。

ここまでのデータでもかなりのことがわかりましたが、スタートトゥデイのスライドには、「既存アクティブ会員」のデータも載っていますので、もう少し見ていきましょう。「既存アクティブ会員」=会員登録から1年以上が経過した、ロイヤリティの高い顧客のデータです。

年間購入金額や点数は、アクティブ会員のデータより、購入金額も購入点数も増加していますが、割り算すると「1点あたり4403円」。1点あたりの金額では大きく変わらないことがわかります。
「リピート顧客だからといって高額な商品を買うわけではないが、購入点数が増える傾向がある」ということになりますし、「獲得した顧客が1年経っても利用してくれていると、初年度よりも大きなお金を落とす顧客に育ってくれるということになります。

これを理解していると、ZOZOSUITが非常に大きな意味があることが見えてきます。ファッションECで不満となるのが「サイズちがい問題」です。しかし、ZOZOSUITによってサイズ感がぴったりな服を提案できれば、リピート顧客が増えるだけでなく、そのロイヤリティがさらに高まって購入回数が増えることが容易に想像できます。

時価総額1兆円のスタートトゥデイが「オプション」を使った理由

このZOZOSUITに関連して、IRページには「StretchSense Limited社とのコールオプション契約締結に関するお知らせ」が出ています。これはスタートトゥデイらしい戦略なので、少し専門的になりますが見ておきましょう。

このお知らせが何かというと、ZOZOSUITの技術を持った会社を将来7200万ドルで買収する「権利」(コールオプション)を2000万ドルで購入した、というリリースです。購入したのは会社そのものではなく、「将来的に買収する権利」なので、もし権利を行使しなくても2000万ドルは返ってきません。いわば手付金です。

スタートトゥデイの時価総額は1兆円です。7200万ドル=72億円程度ならばすぐに買えてしまいそうです。なぜわざわざオプションを使ったのでしょうか。

思い出してください。第4回で解説したようにスタートトゥデイは212億円しか現金がありませんでした。そのうち、72億円を使ってしまうと財務的には非常に大きなリスクを背負います。正直言って、20億円の出費も痛いはずです。

「手持ちがないなら銀行から借りればいい」と考える人もいるでしょう。たしかにそうですし、ここからは推測になりますが、社長の前澤さんはZOZOSUITのビジネスがコケたことも考えてオプションにしたのではないかと思います。ZOZOSUITが思ったほどの効果を発揮せず撤退することを考えたとき、オプションならば損失は20億円の手付金で済みます。もし上手くいけば、銀行から借りるなりして72億円で買収すればいいわけです。

ZOZOSUITへの投資はどれくらいの効果を生む?

ZOZOSUITへの投資がどれだけの効果を生むのか。本当にざっくりした計算ですが、試しに計算してみましょう。ZOZOSUITは1着目は無料ですが、2着目は3000円となっています。アクティブ会員の20人に1人、30万人に配ったとして、3000円が原価ならば無料で配布する分のコストは9億円です。売上から見れば、大きなインパクトのある数字ではありません。

これをどう回収するか。ZOZOTOWNのテイクレートは35%でしたから売上が8500円増えれば、ZOZOSUITを無料であげた費用を売上として回収できることになります。先ほど見たようにアクティブ会員の平均購入単価は4295円でしたから、以前よりも2回だけ余分に買い物してもらえれば回収できます。投資回収のサイクルが非常に短いことがわかります。

次回以降でくわしく触れますが、B2B(企業間取引)のSaaS型(サース、Software as a Service)ビジネスだと投資を回収するまでに1年、2年とかかります。しかし、ZOZOSUITの事業は2回買い物してもらえば回収できてしまうのです。

ZOZOSUITは発表直後の10時間で23万件の申込みがあったそうです。ざっと見積もって30万件の申込みとして、単価3000円なら6億円に過ぎません。スタートトゥデイにとって、大きな投資ではないことがわかります。15年近く前の話になりますが、ソフトバンクがADSLモデムを街頭で無料配布したことがありました。モデムを無料で配っても月々の課金で回収できる、との計算があってのことです。同じことはZOZOSUITにも当てはまるのかもしれません。

そうやって何十万人ものサイズのデータを握ることで、出店企業に対して「このサイズで作ってくれ」とスタートトゥデイが指示を出し、さらには縫製まで担うようになることもあるかもしれません。そうなるとスタートトゥデイのテイクレートはさらに上昇することも考えられます。そこまでくれば完全に勝ちパターンです。

この投資が成功すれば、コールオプションを行使し追加の72億円を支払うことで買収を完了させる、という慎重な戦略が伺えます。

さて、これまでZOZOTOWNを例にして、ECビジネスの決算スライドの読み方をお伝えしてきました。決算スライドが読めるようになると、その会社の現在の状況だけでなく、将来の戦略まで見えてくることがおわかりいただけたかと思います。
次回からは、フィンテックビジネス、広告ビジネス、個人課金ビジネスの決算スライドの読み方を解説していきます。

<今回のまとめ>
●EC分野では一般的に「スマホ利用者の比率が増えるほど、購入金額は逓減し、購入回数は増える」という傾向がある
●集計された数字を「1人あたり」「1回あたり」の数字に置き換えてみると、ユーザーの姿がイメージしやすい
●ZOZOSUITの無料配布のコストは、スタートトゥデイの売上から見ればたいした額ではなく、投資回収のサイクルも非常に短い
本記事は決算書類の読み方を解説するものであり、素材として取り上げた企業への投資を推奨するものではありません。