第1回 赤ちゃんを観察してみる

この連載は、ぼくが赤ちゃんの観察と文献調査を通して「赤ちゃん向けワークショップ」をつくった経験から、「赤ちゃんのきもち」を想像するための考え方をまとめたものです。ここでいう「赤ちゃん」とは、0〜2歳のいわゆる「乳幼児」を示します。「何ヵ月ごろに何々ができるようになる」ということも書いていますが、それはおおよその目安です。

ぼくは赤ちゃんとかかわる仕事を3年続けています。赤ちゃんの感じている世界を想像することは容易ではありませんが、関わりを続けていくこと、そして赤ちゃんについて発達心理学、認知科学、脳科学、感覚統合理論などの書籍を読んでいくことで、少しずつ赤ちゃんと何かを共有している実感を得られるようになっていきました。

「赤ちゃんのきもち」を想像することは「わからないこと」に寄りそうことです。「わからないこと」にとらわれると心の負担になりますが、ふと一歩外側から眺めてみれば面白い発見をすることがあります。そしてそこにはぼくたち大人が意識下においやっていた感覚・対人関係・想像力の仕組みが隠れているようにも思えるのです。
この連載を通して、赤ちゃんのきもちを通して考えることの面白さを共有することができたらそれほど嬉しいことはありません。

赤ちゃんのことがわからない

ぼくは学生の頃から小学生向けの美術や演劇のワークショップの運営をしていましたが、20代中頃まで赤ちゃんと接する機会はありませんでした。
あるとき、子どもがいる友人の家に遊びに行くと、生後8ヵ月の男の子が「あうあうあー」と声を発しながら真顔で紙コップをこすり合わせていました。
ドギマギしながら「この行動は何を意味しているのか……」と思っていると、友人は「今日は楽しそうに遊んでるね~」と赤ちゃんに声をかけていました。「え……? これが……遊び……?」と衝撃でした。遊びというと、ルールがあったり、創意工夫があったり、全身を動かして発散したりするものだと思っていたからです。ぼくには、目の前の赤ちゃんが、およそ楽しそうに遊んでいるようには見えませんでした。そのとき「自分は赤ちゃんのことを全くわかっていないんだな」ということを思い知りました。

その数年後「赤ちゃん向けのワークショップの企画」という仕事が舞い込んできます。その時もまだ赤ちゃんについての知識がなかったので、まずは赤ちゃん用プレイスペースのスタッフをしながらリサーチを始めることにしました。
赤ちゃんに不慣れだったぼくは、赤ちゃんに人見知りされ、泣かれることもしばしばありました。「泣かれたくない、好かれたい!」という思いから、赤ちゃんが何かするたびに片っ端から「上手! 上手!」と褒めまくりました。あいかわらず赤ちゃんが一体何を楽しんでいるのかがわからない状態のなか、気づけば褒めることが癖になっていました。

しかし「下心をもった褒めが常習化すると、子どもは褒められることを行動の目的にし、好奇心にそって探索することをやめてしまう」という話を聞き、目が覚めるような思いがしました。「ぼくの目的は赤ちゃんが夢中になっていることを観察して、効果的な体験学習プログラムを考えることなのだ」と立ち返り、褒めたくなるのをこらえて赤ちゃんたちの行動を観察することにしたのです。

シリアスに遊ぶ赤ちゃんたち

冷静になって観察をしてみると面白いことが見えてきました。まず気づいたのは、彼らが何かしているときには、「没入している状態」と「散漫な状態」があるということです。没入状態では、笑ったり嬉しそうな声を出していることもありますが、どちらかというと真顔の時間のほうが多く見られました。

赤ちゃんが「没入」しているのはどんな時でしょうか。ここでは10個の行動をピックアップしてご紹介したいと思います。

1.なめる
赤ちゃんはあらゆるものを口に入れます。いろんなしゃぶり方を試している子もいます。あるときぼくも自分の拳を唇に当て、歯に当て、舌で舐めてみました。口の感覚はものすごく敏感なので自分の手の硬さや表面の感じがよくわかります。口に入れることは「情報収集」であると考えられそうです。

2.物を落とす
1歳ぐらいの子が台の上にある物を手で払って落としたり、袋や箱の中にある物を散らかしたり、離乳食を床に落としたりするのをよく見ます。大人からすれば困ったいたずらですが、真剣な顔で落下実験をする彼らには悪気があるように思えません。もしかしたら「物を手で動かすことができる」という自分の能力を試しているのかも知れません(小学生の頃、高い橋の上から川に向かって石を落としましたよね)。

3.こわす
積み木のタワーをくずす、紙をやぶるといった「こわす」あるいは「形を変える」ということが面白いようです。ぼくが試して面白かった素材は「寒天」です。食紅で彩色した寒天を、指でブチュッと押しつぶしたり、粘土用のナイフでサクッと切ったりして没入して遊んでいます(ものすごくちらかりますが)。こわすためには手や道具をうまく運動させることが必要ですし、造形への興味にもつながりそうです。

4.音を鳴らす
シェイカーや太鼓など、音がなるものは人気です。どんな楽器を楽しむのかと思い、試しにウクレレを貸してみたことがあります。手本を見せると一生懸命弦を触り、音が鳴るまでつまんで弾くことを試していました。音の遊びは「どうすれば音が鳴るか」を試し、叩く→鳴る、擦る→鳴る、というような因果関係を知ろうとしているように思われます。

5.物を容器に入れる
物をつかんで転がして遊ぶようになると、容器に物を入れては出すのを繰り返すようになります。ボールを入れる、箱にしまう、蓋を開ける/閉める。空き箱に小さな穴を開けてストローを入れて遊べるようにしてみたら、気に入ってひたすら繰り返していました。容器と物を通して、3次元空間を頭の中でイメージしようとしているように見えます。

6.鍵をいじくる
海外ではホームセンターで鍵や扉を仕入れて板に取り付けた「Sensory Board」を自作する文化があるようです。ぼくも実際に作ってみると、赤ちゃんたちは息を荒げて興奮しながら鍵を引っ張り、扉の開け閉めをします。金属のカチャカチャ感、鍵がぴったり鍵穴にはいる気持ちよさ、鍵が開けば次は扉が開くぞ! という予測を楽しんでいるのでしょうか。

7.液体に触れる
水への興味は計り知れません。触れば冷たいし、容器に入れて出したり、叩いて飛び散らせたり、水の動きを見たりして興味を示します。色水になれば色の変化が面白い。無限に遊べる道具の一つです。一度、片栗粉をお湯に溶いたものを渡したことがあります。普段から水には触れているが、ヌルヌルしたものを前に不安がる赤ちゃんたち。こうした不安をどう乗り越えるかは第7回でご紹介します。

8.よじ登る
ハイハイができるようになった子であれば、段差を乗り越え、低めのソファーに登ってしまいます。登る動作をよく見てみると、頭を前に預け、体をねじると同時につま先で床を押し、もう片方の足を段差に乗せる、といった複雑なことをしているのがわかります。身体を操作して自分で設定した課題をクリアする面白みがあるのかもしれません。

9.坂道を上り下りする
立って安定して歩けるようになった子がスロープを駆け下りる姿もよく見ます。坂道(高さ30cm、長さ2mぐらい)のてっぺんに立ち、ドテドテと駆け下りる。駆け下りたら一息ついて、ニコッと笑う。赤ちゃんは頭が重いので少しの傾斜でもバランス感覚や加速度が大きく変わるようです。そのスリルを楽しんでいるのでしょうか。

10.いないいないばあ
赤ちゃんとの遊びの定番ですが、大人が顔を隠して「バア!」とやる方法以外にもバリエーションがあります。赤ちゃんの側からいないいないばあを仕掛けてくることもありますし、容器とふたを使って物を隠し、ふたを開けて「バア!」とやる場合もあります。驚くべきは大人が見ていることを前提にしていることです。大人の気持ちや行動を予測しながら赤ちゃんが仕掛けてくる遊びには、彼らの思考が隠れているはずです。

こうした観察を通して、赤ちゃんが没入する遊びの傾向は見えてきました。しかし、そのとき彼らの認知・思考はどのように働き、この「没入体験」は何の役に立つのでしょうか。次回から、その行動の裏にある思考のプロセスを紐解いていきたいと思います。

<今回のまとめ>
・赤ちゃんを無駄に褒めず、よく観察してみることが大事
・赤ちゃんが遊ぶ様子には、没入している様子と、散漫な様子がある
・観察からは「情報収集」「因果関係」「身体の操作」「他者の気持ちの予測」など、赤ちゃんの思考を垣間見ることができる