驚きの利益を生む組織は、いかにして生まれたか【後編】

  • 上場企業の社長に聞く! 夢とお金の本質・信越化学工業 斉藤恭彦社長 / 斉藤 恭彦

日本が誇る優良企業のひとつ、信越化学工業。ずば抜けた収益力で、格付け会社ムーディーズから、化学メーカーとして世界最高ランクのAa3を取得している。投資家からも大人気だが、その「強さ」の実態はあまり知られていない。2016年6月に社長に就任した斉藤恭彦氏が、初めてロングインタビューに応え、経営について語った。
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最初から、リエンジニアリングされた組織

前回は、現場が「仕事の本質を考える」ことの大切さについてお話しました。そのために欠かせないのが、少数精鋭の組織です。一人ひとりが緊張感を持って働く、ムダのない、筋肉質な組織。米国にある塩ビ会社シンテックは、まさにその見本です。

シンテックは、当社と塩ビパイプの米大手メーカーが1973年に合弁で立ち上げました。ところが合弁相手の経営が傾き、2年ほどで当社が株を買い取ることになりました。そこでこの合弁事業を企画・立案し、当社側の責任者であった金川千尋(現・会長)が、シンテックの経営を担いました。

そのころは、アメリカで信越化学といっても無名でした。設立時には、工場で作った塩ビを合弁相手に買ってもらう合意があったのですが、合弁相手がいなくなったことでそれもなくなりました。どうにかして、お客さまに認知され、作った塩ビを売り切らなくてはいけません。

金川には決して赤字を出さない、かつ従業員のレイオフ(一時解雇)をしないという使命感が当初からありました。そこで、製造部門をはじめとして人員は極力少なく、また、本社組織は最小に、というやり方が取られました。結果、一人ひとりが幅広く仕事を担当するようになりました。

私は入社5年目で信越化学の経理部からシンテックに出向となりました。行ってみるとやったことのない仕事ばかりで右も左もわからない。前述のような会社組織ですから、私のような者はいてはいけないわけです。そこで、一生懸命勉強して、製造以外のことは何でも自分でこなせるよう取り組みました。そのころのエピソードをひとつお話ししましょう。

あるお客さまから、「シンテックからは営業マンが1人しか来ない。他社は営業担当以外にマーケティング担当副社長だとか、5人も6人も連れて来る。あなたの会社は、顧客である当社を軽く見ているのか」と。

確かに、シンテックでは営業マンが1人でお客さまを訪問します。それに加え、価格交渉から契約書の締結まで、1人がなんでもやります。だからこそ、担当者がお客さまのことを隅々まで知ることができ、対応のスピードも速い。案件や用件が下から上に話が伝わるのに3日かかるとか、そういう時間のロスは一切ありません。

この御不満には、「営業に5人も6人も連れて来る、その経費をあなたの会社は負担したくないはず」と申し上げました。どちらがお客さまのメリットになるのか。そういうことを相手にご理解いただき、関係を築いてきました。

ダウ・ケミカルの元会長であり、名経営者と称されたベン・ブランチさんという方がいます。シンテックは1980年代に、この方を社外取締役として招き入れました。

当時、アメリカでは「リエンジニアリング」という言葉が流行っていました。コスト、品質、スピードなどにおいて劇的に改善を図るため、既存の業務遂行の工程を根本的に再構築するという活動です。ブランチさんはシンテックのありようをご覧になり、「最初から、リエンジニアリングされた会社だ」と、感心し賞賛されました。

それからシンテックは着々とシェアを伸ばし、17年ほど前に塩ビで世界ナンバーワンの会社になりました。世界1位の規模であっても、全従業員数は550人ほどで、そのうち営業は10人ほどしかいません。

有限な資源を、余計なことに使わない

私は金川の下で長くアメリカのシンテックで働き、「優先順位を決め、余計なことをしない」働き方ほか、いろいろなことを学びました。2年ほど前に仕事の本拠地を日本に移したわけですが、やはり勝手が違います。

ささいなことですが、打ち合わせなど話があるたびに執務室を訪ねて来なくても、電話で済ませるようにしてます。夜のお付き合いなどは、なるべくご遠慮します。昼間に全力で仕事をして、夜の会食にも出ていたら、体力が持ちませんから。

どんな仕事も、まず健康があってこそ。さらに頭が冴えていないと良い仕事ができませんから、きちんと睡眠をとっています。朝早く起きて20分ほどランニングをし軽く筋トレを行って、体を活性してから仕事に向かうのが毎日の習慣です。私は経営者として、まず健康で、経営に全力を尽くすことを最優先しています。時間も体力も有限ですから、何に使うかを自覚し実践しなければいけません。

私が社長に就任し、方針を聞かれたとき、「変化のための変化はしない」と答えました。現会長の金川は経営者として、基本を徹底し、本質を追求する当社の土壌を作り上げました。この経営手法は時代を超えるもので、わざわざ私が手を加える必要はありません。

私の優先課題は、この手法を継承し、いかにして時代に合わせて柔軟に取り組んでいくか。例えば今後、グローバルな事業を広げるために海外から人材を適宜登用するなど、時流に合わせた試みが必要です。そうした取り組みをしながらも、少数精鋭の良さは守っていく。

手法は変えないで、環境変化にいかに対応するか。この手腕が問われていると思っています。

「会社員」よりも「職業人」であれ

金川経営の「本質を極める」仕事のやり方を、若い世代にもしっかり継承しなくてはならない。そう思い、若い人を集めてランチをとりながら質問に答えるなど、直接話す機会を設けています。今年の新入社員には、4月2日の勤務初日に話をしました。

当社の社会的な役割や、一人ひとりが仕事の本質を極めることの大切さ。そうやって株主やお客さまの期待に応え、利益をきっちり上げて再投資していくこと。信越化学の中でその役割を担う、職業人としての1日目が今日始まったと、新入社員に話しました。何事も最初が肝心です。第一歩を踏み出す瞬間から、高い志を持ってほしい。

私はよく社員に、「プロフェッショナルになれ」と言います。自分の専門分野を極め、同時に幅広い視野を持ち、会社の中のいろんなこともわかる。縦の深さと横の広がりを同時にもつ、T字型人間というのでしょうか。それが職業人としての「プロフェッショナル」だと思います。

素地のある若い人たちに幅広い仕事をさせて能力を引き出し、成長してもらうことを重視しています。

どんな人間も、プロフェッショナルになれます。朝9時から夕方5時まで会社にいるだけの「会社員」ではなく、自分の専門性を深め、会社の中でそれを活かす「職業人」になるのです。

学校を卒業して退職するまで、われわれは約40年働きます。その間、人生におけるもっとも生産性の高い時間を、就職した会社に費やすわけです。だったら、その仕事が満足できる、達成感を得られるものでなければ、面白くないでしょう。

当社は「人」で持っている会社です。

一人ひとりが職業人としての自負を持ち、小さな仕事も決して疎かにしない。仕事の本質を突き詰め、そこから外れない。そういう努力を日々重ねる「人」が、当社を支えています。

こうした「人」づくりを怠らない限り、当社の強さは揺るがないと信じています。