第3回 赤ちゃんの世界の触り方

赤ちゃんは遊びの中で[予測と確認]を楽しんでいると考えてみると、赤ちゃんのきもちが少しわかってきました。では、この[予測と確認]は、どのような過程を経てできるようになっていくのでしょう。前回登場したジャン・ピアジェの理論をひもといてみます。
ピアジェは赤ちゃんから青年までの発達を研究し「知能の発達には段階がある」ということを解き明かした発達心理学者です。実験室を使わず、自分の3人の子どもの行動観察にもとづいて理論を立ち上げています。
第2回「赤ちゃんは予測する」を読む

赤ちゃんの成長は「反射」からはじまる

ピアジェは子どもの発達をいくつかの段階に分けています。 0〜2歳は感覚でいろいろ確かめる時期、3〜6歳は言葉はつかえるものの自己中心的な世界、7〜11歳から少しずつ他者を理解し、12歳からは社会の仕組みや哲学など複雑なことを考えるようになる、という感じです。その中でぼくが「赤ちゃん」と呼んでいる0〜2歳までは「感覚運動期」にあたります。感覚運動期の発達は下のような流れになっています。

ピアジェの理論では、物や自分の身体の認識は「反射」から始まります。さまざまな状況に対して反射的に行っていたことが、次第に意識してできるようになっていきます。そして、自分の身体を確認します。次に物に触って確認し、その後段々と物の動きや因果関係の認識ができるようになり、意識して身体と物を操作しようとする、と考えられています。では、ひとつひとつのステップを見ていきましょう。

1. 反射

生後1ヵ月頃までは「反射」の時期とされています。赤ちゃんの身体は、指をおくと手を握り返してくる「把握反射」、ほっぺたや口に触れた物を探す「探索反射」、唇に当たった物を吸う「吸啜(きゅうてつ)反射」など、さまざまな反射をもっています。反射が引き出す動作は、ご飯を食べたり運動をしたり姿勢を保持したり身を守ったりすることにつながっていると考えられていて、とても興味深いです。ミルクを飲んだり、ママやパパと関わったりするなかでこれらの反射を繰り返し、さまざまな動きのパターンを脳と身体が記憶していきます。

全身の力が脱力して、視界もぼんやりしている状況を想像してください。目に映る物の意味も自分の身体の輪郭も使い方もよくわかりません。ときどき声が聞こえたり、顔に人の手や哺乳瓶が当たったりして、それに対して自分の意思に関係なく身体が動きます。その動きを身体の感覚が捉えていき、ちょっとずつ動かし方がわかってくる。生まれたばかりの赤ちゃんの世界は、そんな世界なのかもしれません。

2. 自分の身体を確かめる

こうして、反射によって自分の身体が動き、動きを感じることで、身体の輪郭や使い方、視界も少しずつはっきりしてきました。月齢1〜3ヵ月の頃は、自分の身体を繰り返し確かめます。反射で培われた記憶から「こうやったら手が動くはずだ」と予測し、手を見つめたり口に入れたり手足を擦り合わせたりして身体を操作できることを確認していきます。
「ハンドリガード」という現象があります。なんとなくわかってきた自分の手を目で見つめて、動かしたり口に入れたりして確認する行動のことです。自分の身体のかたちや動かし方に出会う瞬間です。赤ちゃんのきもちになって自分の手を見つめながら動かしてみると、意外に複雑な動きをしているなぁと関心します。

ピアジェは赤ちゃんが同じような行為をひたすら繰り返すことを「循環反応」と呼んでいます。この段階は自分の身体を身体で確認する「第一次循環反応」です。

3.物を確かめる

こうして自分の身体との出会いを通して、身体の輪郭や腕や足の動かし方だけでなく、3〜4ヵ月頃からは手の指をひらいたりにぎったりする事ができるようになります。そうすると、物にむかって手をのばしてつかんで、口に入れたり振ったり叩いたりして、物を使ってできることを予測ー確認していきます。身体から物へと関心の範囲が広がるこの時期は、ピアジェの言う「第二次循環反応」の時期です。

第4回でくわしくご紹介しますが、この時期から全身の運動も活発になります。寝返りをしたり、5〜6ヵ月頃にはずり這い(お腹を地面につけたハイハイ)をする子もいます。一生懸命ずりずり動いて、物をつかんでは口に入れるので、お家の中の物がよだれだらけになるし、誤って危険な物を飲み込まないように注意しなければなりません。

4.物と物を組み合わせる

生後8ヵ月頃からは次第に自分で工夫して物と物を組み合わせて操作しようとします。棒で太鼓をたたいたり、お皿にボールをのせたりします。まだまだ動きは粗雑ですが、物と物が組み合わさることで起こる現象を探しているかのようです。たとえば、小学生の頃に傘の先で地面をガリガリ引っ掻いたり、柵の鉄パイプをカンカン鳴らして歩いたりしたことはありませんか? あれは傘と地面、傘と柵の組み合わせで感触をつくって遊んでいると思われます。

5.因果関係を確かめる

物を組み合わせて戯れるなかでだんだんと物の動きや現象の因果関係を理解するようになります。たとえば洗濯板を棒で叩くのと表面を擦るのとでは音の鳴り方が違うことを理解します。ボールの投げ方を変えると飛び方が変わることがわかります。箱の中にボールが入って見えなくなってしまっても、箱を開ければ取り出せることがわかります。

この段階からは大人の目から見ても[予測と確認]をしていることを観察しやすくなります。真剣な表情で物を動かそうとする様子を見ることができ、赤ちゃんが「没入する」あるいは「大興奮する」こともしばしばあるでしょう。面白い現象との出会いが、赤ちゃんをワクワクさせるのです。

6.心的表象

感覚運動期には「心的表象」という最終段階があります。これは「いまここにない物事をイメージする」という段階です。前の日に見た物を別の日に真似することや、言葉が広がってくるのもこの頃です。この段階については第5回で描く「他者との関係性」でご紹介します。

実はこの発達段階は、キレイな段階に分かれているわけではありません。1歳半になっても指しゃぶりをして自分の身体の確認をしている子もいるし、生後4ヵ月でも紐を引っ張って何かを動かそうとしている子もいます。上記の段階ごとの月齢は、こうした現象が観察されはじめる主な目安です。

ピアジェは実験室を使わず、自分の3人の子どもの行動を生活のなかで観察し、発達段階説を考案しました。科学的な手続きをふまえていないことや「子どもの情動」について考えられていないことなど様々な批判もありますが、赤ちゃんの認知、つまり物と身体を使って何を試しているかということを考えるうえで、一つの指標となる考え方であるとぼくは思います。

<今回のまとめ>
・赤ちゃんの認知は、反射をとおして自分の身体を知るところから始まる
・物をつかみ、操作することで、身体と物の使い方やさまざまな現象の因果関係を学んでいく
・ピアジェの発達段階説は目安としてとらえる